(一)焼くな
◆ 命令書
魔王城、戦略会議室。
長卓の上には、先の会議で作られた六つの札が並んでいた。
出身地。
一族。
神託。
聖痕。
聖剣。
仲間。
そのうち、現魔王は「出身地」と「一族」の札を手に取った。
記録官が、新しい羊皮紙を広げる。
死霊宰相が、東の辺境を描いた詳細な地図を卓上に置いた。
地図には、村、古い神殿、街道、山道、森、川、国境、廃砦が細かく記されている。
赤い印は、歴代勇者の出生地。
その赤い印の周囲を、黒い駒が囲んでいた。
記録官が読み上げる。
「対勇者戦略、第一段階。東辺境封鎖案」
竜将が満足げに笑った。
「ようやく動きますか」
現魔王は地図を見下ろしている。
「動く。ただし、焼くな」
竜将の表情が止まった。
「焼かぬのですか」
「焼かぬ」
「勇者の出生地であるなら、村ごと消せばよいのでは」
現魔王は地図から目を離さずに答えた。
「村を焼けば、勇者候補も、協力者も、神殿との連絡路も、古い言い伝えも、すべて灰になる」
「灰になるなら、問題は消えるのでは」
「違う。情報も消える」
竜将は黙った。
現魔王は、赤い印のある村を指す。
「生きている村は情報源だ。誰が誰を逃がそうとするか。誰が神殿へ使いを出すか。誰が古い剣を隠しているか。誰が外から来た旅人に宿を貸すか。生きているからこそ、動きが見える」
吸血侯が薄く笑う。
「殺すより、泳がせる」
「泳がせる。ただし、川は囲む」
記録官の筆が動く。
村落焼却、禁ず。
住民生存、監視継続。
勇者候補、成長阻害を主目的とする。
現魔王は、地図に黒い駒をひとつ置いた。
「勇者を殺すのではない。勇者になる前の人間を、勇者になれない場所に置く」
その言葉が、羊皮紙に書き留められた。
◆ 封鎖の設計
死霊宰相が、骨の指で地図をなぞった。
「東辺境には、主要な出口が四つあります。北の峠道、南の旧街道、西へ抜ける商人道、東の森を抜ける獣道」
小鬼隊長が、少し緊張しながら補足する。
「獣道は、村の猟師が使っています。兵は通れませんが、子どもなら抜けられるかと」
竜将が小鬼隊長を見る。
「そのような道まで塞ぐ必要があるのか」
現魔王が答えた。
「勇者は軍ではない。子どもが抜けられる道こそ見るべきだ」
小鬼隊長は背筋を伸ばす。
「は、はい」
死霊宰相が地図に駒を置いていく。
「北の峠道には巨人兵。南の旧街道には死霊監視隊。西の商人道には小鬼の検問。東の獣道には狼型魔獣を巡回させます」
吸血侯が別の印をつけた。
「神殿への伝令は、我が配下が見ましょう。巫女、神官、写本持ち、聖都へ向かう巡礼者。すべて記録します」
竜将が問う。
「強い魔物はどこへ置く」
死霊宰相が答える。
「勇者出生地に近い村の周辺へ。ただし、竜種は置きすぎると村が死にます。威圧には十分ですが、日常的な接触には向きません」
現魔王がうなずく。
「竜は遠くから見える場所に置け。村人に、外へ出れば死ぬと分からせるだけでよい」
竜将は少し不満げだったが、反論はしなかった。
「殺すのではなく、出さない」
「そうだ」
現魔王は、東の辺境全体を囲むように黒い駒を並べた。
「道を閉じろ。だが、村は残せ。人が動こうとすれば、それが見える」
記録官が書く。
東辺境、主要四路封鎖。
神殿連絡路、監視。
勇者血族、移動制限。
古剣、写本、神託記録、回収対象。
死霊宰相が問う。
「抵抗する村は」
「抵抗は記録しろ」
「制圧は」
「必要なら行え。ただし、焼くな。殺しすぎるな。恐怖で村が黙れば、情報が止まる」
吸血侯が、愉快そうに目を細めた。
「動ける程度には生かす」
「そうだ」
魔王は静かに言った。
「動ける者だけが、次の手がかりを見せる」
※第3話「東を封じる」は全四回です。
続きます。
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