(四)東の辺境へ
◆ 竜将の反発
やがて竜将は、抑えていた疑問を口にした。
「陛下」
「言え」
「ここまでやれば、人間の国々は大きく動きます」
竜将は地図を見る。
「東の辺境を封じ、神殿を探り、勇者の血筋を監視し、魔法学校や道場まで見張る。対国家戦略に割く戦力が薄くなるのでは」
その指摘に、死霊宰相も吸血侯も反応した。
竜将は直情的だ。
だが、戦場を見る目がないわけではない。
彼は正しい。
魔王は、竜将の指摘を否定しなかった。
「その通りだ」
竜将が一瞬、驚く。
魔王は続ける。
「対勇者戦略には戦力がいる。情報もいる。監視もいる。結果として、他の地域は薄くなる」
死霊宰相が言う。
「では、どこを薄くしますか」
魔王は地図を見る。
王国。
聖都。
主要街道。
魔王城周辺。
東の辺境。
そして、西の国境地帯。
「魔王城周辺は削れぬ。強国への牽制も必要だ。聖都も放置できぬ」
吸血侯が言う。
「西の国境地帯は、国境分断を維持する程度に留めますか」
「完全には捨てぬ。国境分断は続ける。街道を押さえ、洞窟を塞ぎ、連絡路を断て」
死霊宰相が確認する。
「ただし、強戦力は東へ」
魔王はうなずいた。
「歴代勇者の記録が東を示している以上、東を優先する」
竜将は地図を見る。
「西を軽く見ることにはなりませんか」
「軽く見るのではない」
魔王は言った。
「優先順位をつける」
吸血侯が静かに言う。
「全てを同じ密度で見ようとすれば、どこも見えなくなる」
「そうだ」
魔王は、東の赤い印を見た。
「勇者の条件が東を示している。ならば、東を封じる」
その判断は、資料上は正しかった。
過去の勇者譚。
神殿写本。
王家の系図。
吟遊詩人の歌。
どれも、東を示していた。
だから魔王は、東を選んだ。
◆ 勇者の条件
会議の終盤。
記録官が、ここまでの内容をまとめる。
長卓の上に、六つの札が置かれた。
出身地。
一族。
神託。
聖痕。
聖剣。
仲間。
記録官が読み上げる。
「勇者候補抽出条件。第一、東の辺境またはその周辺に関係を持つ者」
一枚目の札が置かれる。
「第二、勇者血族または古英雄の系譜に連なる者」
二枚目。
「第三、神託、夢告、巫女の言葉、古い碑文によって行動方針を得た者」
三枚目。
「第四、聖痕またはそれに類する身体的特徴を持つ者」
四枚目。
「第五、聖剣または神殿の武具と接触した者」
五枚目。
「第六、聖女、賢者、盾役、索敵役など、歴代勇者の仲間に類する者と合流した者」
六枚目。
竜将が腕を組んだ。
「条件が多すぎる」
死霊宰相が答える。
「だからこそ、重なりを見るのです。一つだけなら偶然。三つ重なれば候補。五つ重なれば危険。すべて重なれば、勇者として扱うべきでしょう」
吸血侯が言う。
「人間側も、同じように重なりを見ている可能性があります。勇者の血筋、聖痕、神託、聖剣。どれか一つではなく、複数が揃った者を担ぎ上げる」
竜将が唸る。
「つまり、人間どもが勇者を見つける前に、我らが見つけると」
魔王は静かに言った。
「よい」
記録官が筆を止める。
「この分類の名称は」
魔王は、六つの札を見た。
出身地。
一族。
神託。
聖痕。
聖剣。
仲間。
歴代勇者に繰り返し現れた特徴。
人間が信じ、神殿が記録し、王が保護し、歌が広めたもの。
魔王は言った。
「勇者の条件」
記録官が、羊皮紙にその言葉を書き込む。
勇者の条件。
その文字は、黒いインクで記された。
魔王軍の記録に、初めてその項目が作られた瞬間だった。
◆ 東の辺境へ
魔王は、地図の東に黒い駒を置いた。
ひとつ。
またひとつ。
さらにひとつ。
竜将の飛竜部隊。
死霊術師の監視網。
吸血侯の密偵。
国境を塞ぐ魔物。
神殿街道に潜む偵察隊。
勇者血族を囲む封鎖線。
東の辺境が、黒い駒で埋まっていく。
「東を封じる」
魔王の声は静かだった。
「勇者が生まれる土地を封じる。勇者の血筋を封じる。神託を封じる。聖剣を封じる。仲間との合流を封じる」
死霊宰相が問う。
「西は」
「国境分断を維持する。街道と洞窟は塞げ。だが、強戦力は東だ」
竜将が地図を見る。
「西を薄くするのですか」
「薄くする。だが、見ることをやめるわけではない」
魔王は、西方国境に置かれた駒を指した。
「監視は維持せよ。異常は拾う。だからこその優先順位だ」
竜将が黙る。
魔王は続けた。
「優先順位は固定ではない。変わる。いや、変えられる。監視しているからだ」
死霊宰相がうなずく。
「西方国境、分断維持。監視継続。異常報告があれば優先度を再評価」
記録官がそのまま書き留める。
吸血侯が薄く笑う。
「捨てるのではなく、薄く見る」
「そうだ」
魔王は東の赤い印へ視線を戻した。
「全てを同じ密度で見ようとすれば、どこも見えなくなる。重点は東。だが、西で異常が起きれば、見る」
竜将はようやくうなずいた。
「ならば、合理的です」
「合理的でなければならぬ」
魔王は言った。
「勇者の条件が東を示している。ならば、東を封じる」
その判断は、文献上は正しい。
過去の記録も、神殿の写本も、勇者譚も、東を示している。
だから現魔王は東を封じる。
竜将が、東に並ぶ黒い駒を見た。
「これで勇者は生まれぬと?」
魔王は答える。
「少なくとも、歴代と同じ勇者は生まれぬ」
吸血侯がつぶやく。
「歴代と同じ勇者、ですか」
魔王は、少しだけ吸血侯を見た。
「違う形で来るなら、その時はまた見る」
「では、完全ではないと?」
「完全な策などない」
魔王は言った。
「だが、敗因が分かったなら、それを潰す。まずはそこからだ」
記録官が羊皮紙に最後の行を書き込む。
対勇者戦略、第一段階。
東辺境封鎖。
勇者条件該当者の抽出。
神託、聖剣、聖痕、血筋、仲間候補の監視。
西方国境、分断維持。
監視継続。
異常報告時、優先度再評価。
そして、強い魔物が東へ送られた。
監視の目が東へ向いた。
密偵が東へ潜った。
封鎖線が東に築かれた。
西の辺境には、国境を分断するための最低限の魔物が残された。
記録官は、地図の余白に短く書き加える。
東辺境、重点封鎖。
西方国境、分断維持。
対勇者戦略、第一段階開始。
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