(三)聖痕、聖剣、運命の仲間
◆ 聖痕
小鬼の書庫番が、勇者の肖像画を数枚並べた。
どれも古い。
絵の技術も時代も違う。
写実的なものもあれば、半ば宗教画のように歪められたものもある。
しかし、勇者の体には、何らかの印が描かれていた。
肩の光。
胸の剣形。
手の甲の太陽。
首筋の羽根。
吸血侯が説明する。
「人間側では、これを聖痕と呼びます。勇者が神に選ばれた証だと」
竜将が言う。
「絵師の飾りでは」
小鬼の書庫番が、慌てて別の記録を出した。
「い、いえ。絵だけではありません。神殿の検分記録にもあります。右肩に痣、胸に古傷、手の甲に焼け跡のような印、と」
死霊宰相がうなずく。
「一致はしませんが、歴代勇者には何らかの身体的特徴が記録されています」
竜将が肖像画を見下ろした。
「痣や傷など、戦っていればできる」
「それはそうです」
死霊宰相は否定しなかった。
「ですが、人間側はそれを記録している。神殿は検分し、王家は認定し、民間の歌は印として広めている」
吸血侯が言う。
「勇者本人にとって意味があるかはともかく、人間社会が意味を与えているのです」
魔王は、肖像画をしばらく見つめた。
光の痣。
剣の形。
太陽。
羽根。
どれも、あまりに人間らしい。
後から見つけた意味を、最初からあった印のように描く。
だが、その疑いをこの場で結論にするには、まだ資料が足りない。
魔王は言った。
「聖痕が勇者を選ぶのか。勇者に聖痕が現れるのか」
誰も答えない。
答えられない。
魔王は、少し考えてから言った。
「どちらでもよい。判別に使えるなら、監視対象になる」
記録官が書く。
聖痕、勇者候補判別要素。
魔王は命じた。
「東の辺境、および勇者血族に関係する者の中で、痣、古傷、出生時の印、異常な光、神殿に届けられた身体的特徴を調べろ」
竜将が問う。
「痣を持つ者をすべて捕らえるのですか」
「すべてではない」
魔王は肖像画を閉じる。
「痣だけで人は勇者にならぬ。だが、他の条件と重なる者は隔離する」
吸血侯がうなずく。
「出身地、血筋、神託、聖痕。重なりを見るわけですね」
「そうだ」
竜将が低く言った。
「ずいぶん細かい」
「細かく見なかったから、歴代魔王は玉座まで来られた」
竜将は反論しなかった。
◆ 聖剣
死霊宰相が、聖剣に関する記録を開いた。
神殿側の記録は、他の資料よりも保存状態がよかった。
聖剣に関する記述は、人間側にとって重要だったのだろう。
「聖剣については、神殿側の記録が多く残っています。勇者が剣に触れた時、光を放った。封印が解けた。鞘から抜けた。折れた剣が再び形を成した。表現は時代によって異なります」
竜将が鼻を鳴らす。
「剣など、折ればよい」
魔王はうなずいた。
「それは正しい」
竜将が少し意外そうに魔王を見る。
魔王は続けた。
「聖剣が勇者を強めるなら、聖剣を封じればよい。勇者が聖剣に選ばれるなら、接触を断てばよい。剣がただの象徴だとしても、象徴を失えば人間は揺らぐ」
吸血侯が微笑む。
「神殿は荒れるでしょうね」
「荒れてよい。神殿の力を削ることにもなる」
記録官が書く。
聖剣、封鎖または破壊。
死霊宰相が問う。
「神殿そのものを攻撃対象としますか」
「必要な場所だけだ」
魔王は神殿の見取り図を見る。
「中央神殿に聖剣があるなら、そこを突く。神殿そのものを焼く必要はない。神託と聖剣、勇者認定の仕組みだけを断つ」
竜将が言う。
「全て焼けば早い」
「早いだけだ」
魔王は静かに返した。
「神殿を全て焼けば、人間は散る。散れば、別の場所で別の信仰が生まれる。燃やすなら、機能を燃やせ」
吸血侯が小さく笑った。
「神殿の建物ではなく、勇者を作る仕組みを焼く」
「そうだ」
死霊宰相が、別の紙を用意する。
「中央神殿調査。神託機構、聖剣保管区画、勇者認定儀礼。優先度を上げます」
「上げろ」
魔王は言った。
◆ 運命の仲間
吸血侯が、勇者一行を描いた絵巻を広げた。
絵巻には、中心に勇者が描かれている。
その周囲に、聖女、賢者、騎士、弓使いらしき人物が並ぶ。
時代によって人数は違う。
呼び名も違う。
だが、勇者が一人きりで魔王城へ到達した記録は、ほとんどない。
「最後に、仲間です」
吸血侯が言う。
「歴代勇者は、ほぼ必ず複数名で魔王城に到達しています」
死霊宰相が資料を重ねる。
「聖女、賢者、盾騎士、竜騎士、盗賊、神官。呼び名は時代によって異なりますが、役割には一定の傾向があります」
記録官が、その役割を書き出していく。
回復役。
魔術師。
前衛。
索敵役。
地形突破役。
死霊宰相は言った。
「勇者一人ではなく、機能の組み合わせとして魔王城へ到達している」
竜将が笑う。
「つまり、勇者とは一人では足りぬ者か」
魔王はすぐには答えなかった。
少しだけ、絵巻を見る。
勇者の背後に描かれた者たちは、いつも勇者より小さく描かれている。
だが、おそらく実際の旅ではそうではなかったはずだ。
回復する者がいなければ、傷で止まる。
魔術師がいなければ、結界で止まる。
前衛がいなければ、魔物に押し潰される。
索敵役がいなければ、道を見失う。
魔王は言った。
「あるいは、一人では届かぬ場所へ届くために、仲間を得る者だ」
吸血侯が魔王を見る。
「では、仲間候補も封じますか」
「当然だ。勇者本人だけを見ても足りぬ」
記録官が書く。
運命の仲間。
候補家系、所属組織、監視対象。
魔王は地図に複数の印をつけた。
神殿。
魔法学校。
道場。
竜騎士の谷。
古い盗賊都市。
地方の治癒院。
山岳案内人の集落。
竜将が眉をひそめる。
「そこまで見るのですか」
「勇者は線で来るのではない」
魔王は、地図の上に置いた小さな点をいくつも見た。
「点が集まり、線になる。ならば、点のうちに分断する」
分析室に、記録官の筆音が響く。
竜将は何も言わなかった。
だが、その顔にはまだ納得しきれない色が残っている。
※第2話「勇者の条件」は全四回です。
続きます。
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