(二)勇者の血筋と神託
◆ 一族
死霊宰相が、古びた系図を広げた。
紙は何度も継ぎ足され、いくつもの家名が細い線で結ばれている。
人間の王侯貴族、地方領主、神殿に仕える家、名前だけが残る村の家系。
そこに、赤い糸が引かれていた。
勇者本人。
その母方。
師。
養家。
婚姻関係。
かつて勇者と旅をした者の子孫。
線は複雑に絡んでいる。
「血筋にも偏りがあります」
死霊宰相が言う。
「完全一致ではありません。ですが、東の古英雄に連なる家系、またはそこから枝分かれした家系が繰り返し現れる」
竜将が眉をひそめる。
「血が勇者を生むということですか」
吸血侯が答える。
「人間側はそう信じています。王侯貴族も神殿も、勇者の一族を厚遇してきた。逆に言えば、人間側もそこに価値を見ている」
「信じているだけではないのか」
「信じているから、守る。守るから、残る。残るから、次の勇者候補になる。そういうこともあり得ます」
死霊宰相が、線の一部を指した。
「勇者本人でなくとも、勇者を助けた家系、神託を受けた聖女の家系、聖剣を保管した神官の家系。これらは人間側で特別視されています」
魔王は系図の上に指を置いた。
「信仰であれ、政治であれ、効果があるなら条件として扱うべきだ」
死霊宰相がうなずく。
「勇者の一族を監視対象に加えますか」
「加える。ただし、殺すな」
竜将が魔王を見る。
「殺さぬのですか」
「殺せば散る。散れば追えなくなる」
魔王は系図の線を見下ろす。
「生きている者は情報を持つ。動きを見れば、次に何を守ろうとしているか分かる」
記録官が書き留める。
勇者血族、監視。
殲滅ではなく封鎖。
移動、婚姻、養子、神殿との接触を記録。
竜将は、少しだけ不満そうだった。
「敵の血を残すことになりませんか」
「殺して消えるなら簡単だ」
魔王は言った。
「だが、人間は名を変える。家を移る。子を預ける。婚姻で血を隠す。殺すだけでは、こちらが見失う」
吸血侯が微笑む。
「人間の貴族は特に得意ですからね。負けた家の血を、勝った家の養子として残す。神殿に預ける。遠縁に逃がす」
魔王はうなずく。
「ならば、囲え。逃げたことが分かるように囲え」
死霊宰相が記録官を見る。
「勇者血族封鎖計画、草案」
記録官が筆を走らせた。
◆ 神託
吸血侯が、神殿写本の束を机に置いた。
写本は保存状態がよいものもあれば、水を吸って文字が滲んだものもあった。
表紙には、聖堂の紋章、巫女の印、古い聖句、あるいは後世の修復者の署名がある。
「神託については、記録の信頼性にばらつきがあります」
吸血侯が言う。
「夢告、巫女の言葉、聖堂の光、古い碑文、旅先で聞いた老人の言葉まで、神託と呼ばれるものは多い」
竜将が呆れたように言う。
「曖昧すぎる」
「ええ。ですが、歴代勇者は何らかの導きの言葉を得ている。人間はそれを神託と呼ぶ」
死霊宰相が、写本を年代順に並べる。
「神託を受けた後、勇者の行動が変化する例が多いようです。進路の決定、仲間の合流、聖剣の探索、拠点攻略の順序。いずれも神託後に動きが明確になっています」
竜将が言う。
「つまり、神が本当に導いていると?」
吸血侯が肩をすくめる。
「神がいるかどうかは、私の担当ではありません」
魔王は、写本の一つを開いた。
そこには、勇者が聖堂で光を受ける絵が描かれている。
光は誇張されている。人間は、自分たちの希望を絵にするとき、いつも光を増やす。
魔王は考えた。
「ならば、神託は力ではなく、方針か」
吸血侯が目を細める。
「方針、ですか」
「迷っている者に、進むべき理由を与える。散っている情報に、一本の線を引く。軍ではなく少数で動く者にとって、それは十分な力だ」
死霊宰相が小さくうなずいた。
「軍は命令系統で動きます。勇者一行は、おそらく違う。ならば、方針を与えるものが必要になる」
記録官が書き留める。
神託、勇者の行動方針に影響。
竜将は不満そうに言った。
「ならば、巫女を焼けばよい」
吸血侯が笑う。
「人間側の神託は、巫女だけではありません。夢、碑文、歌、古い聖句、旅先の言葉。焼く対象が多すぎる」
魔王は言った。
「中心から調べる」
竜将が魔王を見る。
「中心?」
「中央神殿だ」
魔王は神殿写本の表紙に指を置いた。
「神託を記録する場所。神託を認定する者。神託を勇者の行動へ変える仕組み。まずはそこを調べろ」
吸血侯の笑みが深くなる。
「神託の真偽ではなく、神託が人間社会の中でどう機能しているか、ですね」
「そうだ」
魔王は続けた。
「中央神殿を調べろ。神託を行う場所、神託を記録した書庫、巫女、神官、聖堂の構造、すべてだ」
記録官が筆を走らせる。
神託機構、調査。
中央神殿、優先対象。
※第2話「勇者の条件」は全四回です。
続きます。
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