(一)集められた勇者の記録
◆ 集められた勇者の記録
魔王城の地下には、書庫と呼ぶには広すぎる空間がある。
本棚は壁ではなく、柱のように並んでいた。
戦記、系図、神殿写本、古い絵巻、破損した記録水晶、人間側から奪った年代記、吟遊詩人の歌を書き留めた紙束。
それらが、地上の戦略会議室へ運びきれなかったため、魔王は地下書庫の一角を分析室に変えさせた。
黒い石の長卓は、前回よりも資料で埋まっている。
歴代魔王の敗北記録ではない。
今回は、歴代勇者の記録である。
壁には大きな地図が掛けられていた。
魔王城、王国、聖都、主要街道、各地の神殿、古い戦場、勇者が通ったとされる経路。
そして、歴代勇者の出生地と関係地に赤い印が打たれている。
印はいくつかの地域に散っていた。
だが、その中でも明らかに密度の高い場所がある。
東の辺境。
記録官が、疲れた声で読み上げた。
「第七勇者。東辺境、レムリア村出身。右肩に光の痣。聖都にて神託を受け、のち聖剣アステリアを授かる。同行者、聖女、賢者、盾騎士」
死霊宰相が、別の紙を取る。
「第八勇者。東辺境、古英雄の血を引く家系。出生時、胸に剣状の痣。神殿記録では、聖剣に触れた際、刀身が発光したとあります」
吸血侯が、薄く笑みを浮かべた。
「第九勇者は少し違います。本人の出身は東辺境ではありません。ただし、母方が東の勇者一族です。本人は神託を受けていないものの、同行者の聖女が夢告を受けています」
竜将が腕を組む。
「どれも人間どもの飾り話に聞こえる」
魔王は、長卓の上の資料を見下ろしていた。
怒りも、嘲りもない。
ただ、並べられたものを見ている。
「飾りは削ればよい。残るものがあるかを見ろ」
竜将は口を閉じた。
魔王は、壁の地図を指す。
「出身地」
次に、長卓に広げられた系図を指す。
「血筋」
神殿写本に目を向ける。
「神託」
勇者の肖像画に描かれた痣を見る。
「聖痕」
聖剣伝承の巻物を開く。
「聖剣」
最後に、勇者一行を描いた絵巻を見る。
「仲間」
魔王は静かに言った。
「勇者には、繰り返し現れる特徴がある」
記録官の筆が動く。
その音だけが、地下分析室に響いた。
◆ 出身地
死霊宰相が壁の地図に近づいた。
骨の指が、赤い印の集まる地域をなぞる。
「歴代勇者のうち、確認できるだけで六割以上が東の辺境に関係しています。本人の出生地、母方の血筋、師の出身地、神託を受けた神殿。形式は違いますが、東への偏りがあります」
吸血侯が補足する。
「人間側では、東の辺境は古き英雄の地と呼ばれています。王都から遠く、聖都からも遠い。にもかかわらず、勇者譚では頻繁に名が出る」
竜将が言う。
「辺境ならば、放っておいてもよいのでは。強国ではない」
魔王は地図から目を離さなかった。
「歴代魔王も、そう考えたのだろう」
竜将が言葉を止める。
魔王は、赤い印の一つに黒い駒を置いた。
「王国を見た。聖都を見た。軍事大国を見た。主要街道を見た。だが、辺境の村は見なかった」
黒い駒が、赤い印の上に重なる。
「そして、そこから勇者が育った」
分析室に、短い沈黙が落ちた。
竜将は反論しなかった。
強国ではない。
大軍もない。
巨大な城壁もない。
だからこそ、見落とされた。
死霊宰相が地図に小さな印を加える。
「東辺境、監視候補」
記録官が続けて書く。
勇者候補発生地域。
東の辺境。
要調査。
吸血侯が言った。
「人間側の歌では、東の辺境はしばしば『始まりの地』と呼ばれます」
竜将が鼻を鳴らす。
「歌だろう」
魔王は言う。
「歌に残るほど、人間がそう信じているということだ」
「信仰を戦略に入れるのですか」
「人間が信じて動くなら、それは戦略上の要素だ」
竜将は黙った。
魔王は、もう一つ黒い駒を東へ置く。
「信じているものを見ろ。そこに兵が動く。神官が動く。親が子を隠す。王が保護する。敵の信仰は、敵の移動経路だ」
死霊宰相がうなずく。
「では、東の辺境を重点調査対象に」
「そうしろ」
※第2話「勇者の条件」は全四回です。
続きます。
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