(二)知らせる道が、この洞窟なんだ
◆ 塞がれた道
村の集会所では、疲れた顔の大人たちが地図を囲んでいた。
村長。
自警団長。
荷運び商人。
薬師。
鍛冶屋。
宿屋の女将。
そこへ旅人であるロアンとミルカも呼ばれた。
最初は、ただ事情を聞くためだった。
村長は二人を見て、言った。
「旅人か」
ロアンはうなずく。
「はい。洞窟を通って隣国側へ行く予定でした」
「今は通れん」
村長は地図の山腹を指した。
「この洞窟は、昔から商人も薬師も荷運びも使ってきた道だ。塩が来る。鉄が来る。薬の材料が来る。こちらからは薬草や布や干し肉が向こうへ行く」
ミルカが地図を見る。
「数日前から塞がれているんですか」
自警団長が答えた。
「五日前だ。最初は小鬼が二、三匹入っただけだと思った」
「違ったんですね」
「違った」
自警団長は、机の上に折れた槍の穂先を置いた。
「奥に巣を作り始めてる。小鬼だけじゃない。低級魔獣が何匹かいる。湿った壁にはスライムが増えてる。足場が悪い」
ロアンは眉を寄せる。
「一匹一匹は、倒せる相手ですか」
自警団長はロアンを見た。
「一匹一匹はな」
その言い方で、ロアンは少し嫌な予感がした。
自警団長は続ける。
「洞窟の中で数がいると別だ。狭い道では前に出られる人数が限られる。後ろは荷物と負傷者で詰まる。音が反響して、敵の数も位置も分かりにくい。水たまりにスライムがいる。小鬼は石を投げる。暗がりから魔獣が飛び出す」
ロアンは、村外れで覚えたことを思い出した。
弱い魔物でも、場所で危険は変わる。
水場ではスライムが速い。
逃げ道がなければ、小さな相手でも厄介になる。
自警団長は地図の洞窟中央を指した。
「ここに広い空洞がある。片側から入ると、そこで集まった魔物に押し返される」
ミルカが静かに問う。
「反対側からは?」
村長が苦い顔をした。
「向こうの村も困っているはずだ。だが、連絡が取れない」
ロアンはすぐに言った。
「知らせればいいんじゃ」
村長は地図を指で叩いた。
「知らせる道が、この洞窟なんだ」
集会所に、重い沈黙が落ちた。
◆ 止まる荷
洞窟が塞がれると、困るのは旅人だけではなかった。
荷運び商人が、苛立った声で言った。
「塩が向こうに届かない。こっちには鉄が来ない。三日なら我慢できる。十日続けば値が跳ねる」
薬師が続ける。
「薬草はまだある。けれど、調合に必要な石粉が向こうから来る。これ以上止まると、熱冷ましが足りない」
鍛冶屋が腕を組む。
「農具の修理に使う鉄が来ない。春前にこれをやられると困る」
宿屋の女将がため息をついた。
「商人が泊まるのはありがたいけど、米は減るんだよ。馬も食べるしね」
ロアンは、荷馬車の列を思い出した。
止まっている荷。
濡れないように布をかけられた荷。
行きたいのに動けない人たち。
荷が届かなければ失敗。
それは一台の荷馬車だけの話ではなかった。
村全体の話だった。
洞窟が塞がると、生活が詰まる。
ロアンは地図を見た。
「洞窟の魔物を倒せば、また通れるんですよね」
自警団長がうなずく。
「倒せればな」
「入口近くのやつなら、何とかなるかも」
自警団長はすぐに答えた。
「入口近くならな」
ロアンは黙った。
自警団長は言う。
「問題は奥だ。逃げ場がない。押し込めば、後ろが詰まる。引けば、魔物がついてくる。負傷者を抱えた瞬間に終わる」
ミルカが地図から顔を上げた。
「魔法も使いにくいと思います」
村長が見る。
ミルカは指で洞窟の線をなぞる。
「火を大きくすると煙がこもる。風を使えば奥の埃を巻き上げる。水は足場を悪くする。明かりも必要だけど、明るくしすぎればこちらの位置も見える」
ロアンはミルカを見た。
「難しいな」
「洞窟だからね」
「洞窟じゃなければ」
「洞窟じゃなければ、国境洞窟じゃない」
「それはそう」
自警団長が少しだけ笑った。
しかし、すぐに表情を戻す。
「両側から入れれば勝てる。少なくとも、勝てる目はある」
ロアンは地図の反対側を見た。
「向こうの村と同時に?」
「そうだ。空洞に集まる魔物を二手に分けられる。逃げ道も塞げる。だが、時刻を合わせられない」
ミルカが低く言う。
「問題は、戦闘力じゃなくて連絡ですね」
村長はうなずいた。
「そういうことだ」
※第18話「塞がれた洞窟」は全五回です。
続きます。
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