(一)動けない荷馬車
◆ 足止めされた旅
村を出てから、数日が過ぎた。
ロアンとミルカは、隣町を抜け、街道を西へ進んでいた。
最初の宿場で宿代に驚き、靴紐を直し、スライムを避け、紹介状に助けられながら歩いてきた。
旅は、思っていたより肩が痛い。
思っていたより金が減る。
思っていたより、地図の端までが遠い。
それでも二人は、村の外を少しずつ知っていった。
道に残る車輪の跡。
宿場の値段。
商人たちの噂。
雨が降る前の空の匂い。
荷馬車が通りやすい道と、空身なら近くても荷があれば遠い道。
ロアンは肩紐を直しながら言った。
「旅って、歩いてる時間がほとんどだな」
ミルカは地図を見ていた。
「歩かなかったら旅じゃないでしょ」
「もっと事件が起きるものかと」
「靴紐が切れた」
「それは事件に数えるのか」
「初日のロアンには大事件だった」
「靴紐に負けたみたいに言うな」
「勝ったの?」
「結び直したから、引き分け」
「低い戦いだね」
そんなことを言いながら、二人は国境の山へ近づいていた。
本来なら、この先の村で一泊し、翌朝に国境洞窟を通る予定だった。
洞窟を抜ければ、隣国側の村へ出る。
そこからさらに街道が伸びている。
ロアンは、布の地図に描かれた黒い線を指でなぞった。
「ここを通れば、向こう側か」
「そう」
「国境って、もっとこう、門とか兵士とかがいるものだと思ってた」
「洞窟も門みたいなものじゃない?」
「門にしては暗そう」
「国境に明るさを求めないで」
「明るい国境もあっていいと思う」
「あるかもしれない。見たことないけど」
ロアンは少し笑った。
「じゃあ、見に行くものが増えた」
やがて、国境洞窟近くの村が見えてきた。
山の影に寄り添うような、小さな村だった。
だが、近づくにつれ、様子がおかしいことに気づく。
村の外に、荷馬車が何台も止まっている。
馬は疲れたように首を垂れ、荷台には雨除けの布がかけられていた。
商人たちが腕を組んで話し込み、荷運びの男たちが車輪のそばで座り込んでいる。
村の倉庫前では、村人たちが袋や樽の数を何度も確認していた。
ロアンは足を止めた。
「宿場にしては、荷馬車が多くない?」
ミルカは荷馬車の列を見た。
「動けない荷馬車が多いんだと思う」
「動けない?」
「進みたいのに進めない顔してる」
「顔で分かるのか」
「人も馬も、荷もね」
「荷にも顔がある?」
「濡れた薬草袋にはあった」
ロアンは少し黙った。
あれは思い出すとまだ痛い。
二人が村へ入ると、宿屋の女将が店先で桶を運んでいた。
ロアンは会釈して言う。
「国境洞窟を通りたいんですけど」
女将は、少し気の毒そうな顔をした。
「隣国へ行くなら無理だよ。洞窟が塞がれてる」
ロアンは山の方を見た。
「落盤ですか」
女将は首を振った。
「魔物だよ」
※第18話「塞がれた洞窟」は全五回です。
続きます。
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