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勇者の条件  作者: KEI
第17話 世界を見に行こう

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(五)戻る理由も

◆ 前夜


その夜、ロアンはなかなか眠れなかった。


荷袋は壁際に置いてある。


外套も畳んである。


小刀も入れた。


銅貨も分けた。


弁当は朝、母が持たせてくれる。


準備はした。


それでも、眠れない。


ロアンは手首を見た。


幼い頃、スライムに焼かれた跡が、薄く残っている。


もう痛くはない。


だが、光の角度によって細い線が見える。


あの日、門まで逃げ帰った。


次の日、また外へ出た。


雨で失敗して戻った日もあった。


翌日、もう一度出た。


今度は、もっと遠い。


門はすぐ後ろにない。


戻るにも時間がかかる。


ロアンが寝返りを打つと、戸口から母の声がした。


「怖い?」


ロアンは少し迷った。


それから、素直に答えた。


「怖い」


母は部屋へ入り、荷袋の横に腰を下ろす。


「怖いと分かってるなら、少し安心ね」


「安心なの?」


「怖くないって言う方が怖いわ」


ロアンは手首を見せた。


「これ、まだ少し残ってる」


母はその跡を見た。


「覚えておくにはちょうどいいって言ったでしょう」


「うん」


「怖いなら、準備しなさい。怖いなら、戻る道を見なさい。怖いなら、一人で全部やろうとしないこと」


「ミルカがいる」


「ミルカちゃんに全部やらせないこと」


「そこまで頼るつもりは」


母はじっと見る。


ロアンは目をそらした。


「……たぶん」


「たぶんを減らしなさい」


「はい」


母は笑った。


「行っておいで。戻ってきてもいいから」


ロアンは、その言葉をしばらく黙って聞いていた。


「うん」


別の家では、ミルカも手帳を開いていた。


魔法は、使う場所を知らねば形にならん。


その文字を、何度も読んだ。


母が灯りを持って入ってくる。


「眠れない?」


ミルカは少し気まずそうに手帳を閉じた。


「確認してただけ」


「眠れない時、人はよく確認を増やす」


「ロアンみたいなこと言わないで」


父が戸口から顔を出す。


「ロアンなら、確認せずに寝るんじゃないか」


「それはそう」


三人で少し笑った。


母は革袋の紐を確かめる。


「忘れ物は?」


「ないと思う」


「思う?」


ミルカは一瞬止まった。


「……ない。確認した」


「よろしい」


「でも、外で足りないものはあると思う」


父が言う。


「あるだろうな」


「それが怖い」


「足りないものを知るために行くんだろう」


ミルカは手帳を撫でた。


「うん」


母は静かに言った。


「ロアンくんを見てあげて」


「見てる」


父が付け足す。


「自分の足元も見ろ」


ミルカは苦笑した。


「それ、私も言った」


母が笑う。


「じゃあ、自分にも言いなさい」


ミルカは小さくうなずいた。


「うん」


◆ 旅立ち


朝。


村の門の前に、二人は立っていた。


ロアンは荷を背負い、剣を腰に下げている。


外套はまだ新しい匂いがした。


ミルカは杖と手帳の入った革袋を持ち、地図を油布に包んでいる。


村人たちが見送りに来ていた。


派手な祝福はない。


ただ、口々に言う。


「気をつけろよ」


「無理するな」


「金を一日で使うな」


「変な草を食べるな」


「知らない水をそのまま飲むな」


「ロアン、ミルカの言うこと聞けよ」


「ミルカ、ロアンを見てて」


ミルカが答える。


「見ています」


ロアンが言う。


「俺もミルカを見るから」


ミルカは即座に返した。


「自分の足元も見て」


村人たちが笑った。


ロアンは少し口を尖らせる。


「出発前から信用が薄い」


「足元は信用の問題じゃない。物理」


「物理に負けたことはある」


「何度もある」


「数えないで」


猟師のおじさんが、二人の前に立った。


「村の外では、門が近くにない」


ロアンもミルカも、真面目な顔になる。


「逃げるなら、逃げる先を作ってから進め」


ロアンはうなずいた。


猟師のおじさんは続ける。


「いつでも戻っていい。戻ることは、まだ失敗じゃない。失敗じゃなければ、また行けばいい」


ミルカが静かに聞いている。


「進む理由を考える時は、戻る理由も考えなさい」


ロアンは、その言葉をゆっくり繰り返した。


「戻る理由も」


「そうだ。進むだけなら誰でもできる。戻る理由を持って進めるやつだけが、遠くまで行ける」


荷運びの男が言う。


「荷を減らす勇気も忘れるな」


ロアンはうなずく。


ミルカもうなずく。


村長が紹介状の入った油布を確認した。


「困ったら、まず人に聞け。全部自分たちで解こうとするな」


ロアンが言う。


「聞いても分からなかったら?」


村長は笑った。


「別の人に聞け」


ミルカが小さく言う。


「大事」


ロアンも頷く。


「それは、俺にもできそう」


「できるだけ早めに聞いてね」


「迷ってから聞くのは?」


「遅い」


「厳しい」


父がロアンの肩を叩いた。


母は何も言わず、外套の襟を直した。


ミルカの母は革袋を軽く押さえ、父は短くうなずいた。


二人は門を出た。


振り返ると、村があった。


木の門。


古い石壁。


井戸。


畑。


見慣れた屋根。


そこに戻る道は、まだ見えている。


ロアンは少し息を吸った。


ミルカが隣で言う。


「行く?」


「行こう」


「どこまで?」


「まずは、隣町」


「よろしい」


「その先は?」


「その時考える」


ロアンは笑った。


「ミルカも意外と雑だな」


「計画的に未定なの」


「便利な言葉だ」


「雑よりまし」


二人は歩き出した。



※第17話「世界を見に行こう」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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