(四)持てる荷と、持って歩ける荷
◆ 大人たちの相談
村長の家に、大人たちが集まった。
村長。
猟師のおじさん。
荷運びの男。
ロアンの父と母。
ミルカの父と母。
話題は、ロアンとミルカの旅だった。
ロアンの母は腕を組んだまま言う。
「危ないです」
荷運びの男がうなずく。
「危ない」
「だったら」
「だが、準備なしに出るよりは、準備して出した方がいい」
猟師のおじさんが火鉢のそばで言った。
「止めても、いずれ出るだろう」
ロアンの母は顔をしかめる。
「そういう子ですか」
「そういう子だ」
誰も否定しなかった。
ロアンの父は苦笑する。
「昔から、門の外を見ている時間が長かった」
ミルカの母が小さく言う。
「あの子も、先生が去ってからずっと手帳ばかり見ています」
ミルカの父が続ける。
「家の中にいても、目だけ外へ行っている」
村長が言う。
「このまま若い者が外を知らないままでも困る。隣村、隣町、街道。いずれ誰かが知っておかねばならん」
荷運びの男が続ける。
「ロアンはまだ未熟だ。だが、戻る判断は少しできるようになった。荷を見る目も、前よりはある」
「前よりは、か」
ロアンの母が言う。
「旅に出す評価として低くありません?」
「高く言えば油断する」
ミルカの母が言った。
「ミルカは準備しすぎます」
荷運びの男がうなずく。
「それはそれで危ない。荷が重くなる」
村長は二人の話を聞き、深く息を吐いた。
「まずは隣町までだ」
全員が村長を見る。
「そこまでは紹介状を持たせる。隣村、道中の宿場、隣町の宿屋、街道沿いの商人。無理なら戻る。隣町から先は、現地で聞いて判断させる」
猟師のおじさんがうなずく。
「戻る条件を決めておくべきだ」
荷運びの男が指を折る。
「金が半分を切ったら戻る。靴が壊れて直せなければ戻る。地図と紹介状を失くしたら戻る。どちらかが熱を出したら戻る」
ロアンの母がすぐに言う。
「怪我をしたら?」
「程度による」
「程度じゃなくて戻る」
「母親の条件として追加だな」
村長は小さく笑った。
「よし。準備させよう」
ロアンの母も、ミルカの母も、まだ心配そうだった。
だが、止めるとは言わなかった。
いつまでも門の内側だけで生きられるほど、外の道は安定していなかった。
◆ 荷造り
ロアンの荷造りは、広場で行われた。
理由は簡単だった。
家の中でやると、誰も止める前に荷袋が膨れすぎるからである。
ロアンは荷を並べた。
剣。
薬草。
縄。
干し肉。
硬いパン。
余分な布。
鍋。
予備の靴。
木の皿。
石鹸。
釣り糸。
小刀。
火打ち石。
雨具。
なぜか小さな鍬。
ミルカが鍬を見た。
「これは何」
「鍬」
「見れば分かる。どうして旅に鍬がいるの」
「何が必要になるか分からないし」
「旅先で畑を耕す予定ある?」
「ないけど、穴を掘る時に」
「小さいスコップにして」
「鍬の方が頼れる」
「持つ人が頼れなくなる」
ロアンは鍬を見た。
「でも、穴を掘れる」
「鍬を持って歩けなくなったら、自分の墓穴を掘ることになる」
「怖い言い方をする」
「分かりやすいでしょ」
ミルカの荷も、簡単ではなかった。
手帳。
筆記具。
魔術用の小石。
符。
布。
針。
糸。
傷薬。
腹薬。
地図。
予備地図。
天気記録。
食料表。
宿代計算表。
小さな計量紐。
魔力測定用の古い石。
予備の筆。
予備の予備の筆。
ロアンは予備地図を持ち上げた。
「ミルカも多いよね」
「これは必要」
「その予備地図の予備は?」
「必要かもしれない」
「俺の鍬と同じじゃない?」
ミルカは黙った。
ロアンは勝ったような顔をする。
ミルカは静かに言った。
「地図は軽い」
「鍬は頼れる」
「地図は道を教える」
「鍬は道を作れる」
「鍬で街道を作る気?」
「大きく出れば」
「出ないで」
そこへ荷運びの男が来た。
二人の荷を見て、深くため息をつく。
「持てる荷と、持って歩ける荷は違う」
ロアンは鍬を隠そうとした。
見えていた。
ミルカは予備地図を重ね直した。
それも見えていた。
荷運びの男は、まず鍬を外した。
「鍬は置け」
「でも」
「置け」
「はい」
次に予備地図の予備を外す。
ミルカが小さく抵抗する。
「濡れた時に」
「油布に包め」
「破れた時に」
「破れないように扱え」
「なくした時に」
「なくすな」
ロアンが小声で言った。
「厳しい」
ミルカが小声で返す。
「鍬よりは残ってる」
「まだ言うか」
荷運びの男は、二人の荷を半分ほどに削った。
ロアンは不安そうに荷袋を見る。
「足りなくなったら?」
「その時は買う、借りる、作る、諦める」
「諦めるが入った」
「旅ではよく使う」
ミルカが食料表を見ながら言う。
「諦めるものを先に決めておくべきかも」
ロアンが言う。
「俺の鍬はもう諦めた」
「だいぶ早い旅の決断だったね」
「悲しい成長だ」
荷運びの男は、荷袋を二つ持ち上げて重さを確かめた。
「これなら歩ける。走れるかは別だ」
猟師のおじさんが言う。
「走る前提で旅をするな」
ロアンはうなずいた。
「歩く前提で」
ミルカが付け足す。
「戻る前提も忘れずに」
「はい」
「今の返事、私に?」
「全員に」
◆ 餞別
旅立ちの前日、村人たちは大げさな式をしなかった。
鐘も鳴らない。
旗もない。
祝福の歌もない。
ただ、用事のついでのように、少しずつ二人へ物を渡した。
ロアンの母は、縫い直した丈夫な外套を渡した。
「雨を全部防げるわけじゃないけど、ないよりまし」
「ありがとう」
「濡れたら乾かしなさい」
「うん」
「濡れたまま寝ない」
「うん」
「寒くても火のそばに近づけすぎない」
「うん」
「聞いてる?」
「聞いてる。外套を燃やさない」
「そこだけじゃない」
ロアンの父は、小刀を渡した。
刃は短いが、よく研がれている。
「薪を削るにも、縄を切るにも、食べ物を分けるにも使える」
「戦う用じゃない?」
「戦う前に使うことの方が多い」
猟師のおじさんは、罠紐と火打ち石を渡した。
「罠を仕掛けるなら、見回れ。仕掛けっぱなしにするな」
「はい」
「火は便利だが、目印にもなる。見つかりたい時と、見つかりたくない時を間違えるな」
「はい」
荷運びの男は、小さな袋を渡した。
中に仕切りがある。
「銅貨を全部一つに入れるな。宿代、食料代、予備に分けろ」
ロアンは袋を覗く。
「財布が三つあるみたいだ」
「財布を一つ落としても終わらないようにだ」
薬師のおばさんは、傷薬と腹薬を渡した。
「知らない町で腹を壊す子は多いよ」
ロアンは少し不安になる。
「腹薬、多くないですか」
「ロアンの分を多めにした」
「信用がない」
「胃袋にね」
ミルカの母は、師匠の手帳を入れる革袋を渡した。
「濡らさないようにね」
ミルカは両手で受け取る。
「うん」
「それから、全部を手帳通りにやろうとしないこと」
ミルカは少し驚く。
「いいの?」
父が言った。
「手帳を書いた人も、きっと全部は手帳通りに歩いていない」
ミルカは手帳を見た。
それから、静かにうなずいた。
村長は、二人の前に数通の紹介状を置いた。
「隣村、道中の宿場、隣町の宿屋、街道沿いの商人、南の薬師組合。困ったら見せろ」
ロアンは紹介状を受け取った。
「こんなにいいんですか」
村長は言った。
「手紙は荷物より軽い。だが、道を開くことがある」
ミルカが紹介状を丁寧に油布へ包む。
ロアンはそれを見て言った。
「予備地図より軽い」
ミルカは手を止めない。
「言うと思った」
「言わない方がよかった?」
「言って満足したなら、もう言わないで」
「満足した」
「よかった」
二人の荷は、少しずつ旅の形になっていった。
※第17話「世界を見に行こう」は全六回です。
続きます。
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