(三)外を見たい
◆ 外を見たい
ロアンは、その日の夕方、父に話した。
「少し、外を見てみたい」
父は薪を割る手を止めた。
すぐには答えない。
斧を地面に置き、ロアンを見る。
「どのくらいの外だ」
「隣村の先。町とか、街道とか」
「遊びに行く距離じゃないな」
「分かってる」
台所の方では、母が手を止めていた。
聞こえている。
父は薪に腰を下ろした。
「何をしに行く」
ロアンは少し考えた。
「分からない」
母が眉をひそめる。
「分からないのに行くの?」
「何も考えてないわけじゃない」
「そういう時のロアンは、だいたい少ししか考えてない顔をしてるわ」
「俺の顔、そんなに分かりやすい?」
「分かりやすいわ」
父も否定しなかった。
ロアンは少し咳払いをした。
「村の外のことを、もう少し知りたい。隣村までは行ける。でも、その先は知らない。道が塞がれた時とか、商人が来なくなった時とか、魔物が増えた時とか、誰かが外を知らないと困ると思う」
父は黙って聞いていた。
母も黙っていた。
ロアンは続ける。
「この前、荷が遅れただけで塩が高くなった。薬草も買い取りが変わった。隣村の先の道がどうなってるか、俺たちは誰かが来るまで分からない」
「だから見に行くのか」
「うん」
「一人で?」
母の声が少し強くなる。
ロアンは慌てて首を振った。
「ミルカも行きたいって」
母は一瞬だけ安心した顔をした。
すぐに、別の心配を見つけた顔になった。
「ミルカちゃんを巻き込むの?」
「いや、向こうも行く気で」
父が少し笑った。
「それは、ミルカが決めることだ」
母は腕を組む。
「二人なら安心、って言いたいところだけど」
「安心じゃない?」
「心配が二人分になるわね」
「増えた」
「倍よ」
「せめて一人半くらいに」
「ロアンが一人で一人半くらい心配なの」
ロアンは何も言えなかった。
父は斧の柄に手を置いた。
「外を見たいと思うのは、悪くない」
ロアンは顔を上げる。
「本当?」
「ただし、見に行くのと、ふらふら出ていくのは違う」
母が言う。
「荷物、行き先、金、戻る道、泊まる場所。全部決めてから」
ロアンはうなずいた。
「決める」
母はじっと見る。
「今、半分くらいしか分かってない顔」
「じゃあ、全部決めてからもう一度言う」
父はうなずいた。
「そうしろ」
◆ ミルカの理由
ミルカの家でも、同じような話があった。
母は、手帳と小さな魔術用の石を並べているミルカを見ていた。
「中央へ行くの?」
ミルカは首を振った。
「まだ分からない。中央に行くにも、まず町まで出ないと」
「危ないわよ」
「分かってる」
「分かってる顔をしてるわね」
「ロアンの家と違って、そこは疑われないんだ」
母は少し笑った。
「ロアンくんと比べればね」
「そこ、比べるところ?」
「比べると安心するところ」
「ひどい」
ミルカは手帳を閉じる。
「先生が言ってた。魔法は、使う場所を知らないと形にならないって」
「それを探しに行くの?」
「それもある」
「他には」
ミルカは少し考えた。
「村の外で、自分がどのくらいできるのか知りたい。外の魔術師は、もっとすごいと思う。私が毎日やってる水の玉なんて、町では子どもの遊びかもしれない」
「そうかしら」
「そうだと思う」
父が戸口から言った。
「続けてきたものは、外へ出てもそう簡単には消えない」
ミルカは少しだけ目を伏せる。
「でも、外で役に立つかは分からない」
「分からないから見に行くんだろう」
母はため息をついた。
「ロアンくんと一緒に?」
ミルカはうなずく。
「ロアンだけだと危ないから」
少し間を置いて、付け加える。
「私一人でも危ないけど」
母は少しだけ表情を緩めた。
「そこは分かってるのね」
「分かってる」
父が腕を組む。
「二人なら大丈夫か」
ミルカは、すぐには答えなかった。
「大丈夫、とは言えない」
「正直だな」
「でも、一人よりはまし」
母が指を折る。
「ロアンくんは雑よ」
「知ってる」
「荷物も増やすわよ」
「削る」
「道を間違えるかも」
「確認する」
「変な草を食べるかも」
「止める」
「小鬼を見たら剣を抜くかも」
「荷を見るように言う」
父がとうとう笑った。
「もう半分、姉みたいだな」
ミルカは顔をしかめた。
「そこまで年上じゃない」
母が言う。
「精神年齢の話よ」
「それは否定しづらい」
ミルカは手帳を革袋に入れた。
「でも、私も見たいの。村の外を。先生が歩いた道を、少しだけでも」
母はしばらく黙った。
それから、革袋の紐を締め直す。
「なら、準備しなさい。行くなら、止められないくらいちゃんと準備して」
父も言った。
「行くなら、戻る場所を忘れるな」
ミルカはうなずいた。
「うん」
※第17話「世界を見に行こう」は全六回です。
続きます。
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