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勇者の条件  作者: KEI
第17話 世界を見に行こう

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(一)地図、にらんでも広がらないよ

◆ 村の外が変わる


西の辺境の村には、遠い話が遅れて届く。


東の方で大きな戦があるらしい。


どこかの神殿が騒がしいらしい。


勇者の血筋がどうとか、聖剣がどうとか、都の商人が荷をほどきながら話していった。


村人たちはそれを聞き、うなずき、しばらく話題にした。


けれど、畑は翌朝も畑だった。


水場の桶は空になれば汲まなければならない。


山羊は柵を直さなければ抜け出す。


薪は割らなければ冬に足りない。


遠くの大事件より、村人たちに近いのは、塩の値段と荷馬車の遅れだった。


隣村へ行く荷が遅れる。


隣村のさらに向こうの町から来るはずの商人が来ない。


薬草の買い取りが少し渋くなる。


鉄の小物が足りなくなる。


道を歩く者が減ると、道の様子が分からなくなる。


林道に倒木があっても、誰かが通るまで分からない。


沢沿いがぬかるんでも、荷馬車が沈むまで気づかない。


村の男たちが広場で話していた。


「東が大変らしいってのは聞くが、こっちもこっちで困る」


「商人が減ると、塩が上がる。塩が上がると肉を長く持たせられん」


「道を知ってる者が減ったな。猟師も年を取った」


「若い者が外を知らんままだと、次に何かあった時に詰むぞ」


その言葉を、ロアンは荷台の陰で聞いていた。


彼はもう、村外れでスライムに驚いて逃げ帰るだけの子どもではない。


隣村までの荷運びも、何度か手伝った。


ぬかるみに沈む車輪も見た。


濡れた薬草がどうなるかも知った。


小鬼を倒さず、荷馬車を通すことも覚えた。


それでも、知っているのは隣村までだった。


隣村の先。


町。


街道。


宿場。


国境。


さらにその先。


ロアンは、それらを知らない。


名前だけは聞いたことがある。


だが、名前だけでは道は歩けない。


ロアンは広場の端で、ぼんやりと地図を見ていた。


古い布の地図だ。


村。


隣村。


隣町。


その先は、急に線が少なくなる。


ロアンが指でその空白をなぞっていると、背後から声がした。


「地図、にらんでも広がらないよ」


振り返ると、ミルカが立っていた。


手には古い手帳を抱えている。


ロアンは言った。


「にらんでない。考えてた」


「珍しい」


「今の、失礼じゃない?」


「珍しいことを珍しいって言っただけ」


「余計失礼だな」


ミルカはロアンの隣に立ち、地図を覗き込んだ。


「どこ見てたの」


「隣町の先」


「行くの?」


ロアンは、すぐには答えなかった。


行きたい。


そう思っている。


でも、口に出すと本当になる気がした。


「……外、見てみたいなって」


ミルカは、少しだけ目を細めた。


「どのくらいの外?」


「隣村の先。町とか、街道とか」


「ずいぶん急に広がったね」


「隣村だけだと、まだ隣だから」


「隣町も隣って言い出しそう」


「それは、まあ、広い意味では」


「広い意味を使う人は、だいたい距離を甘く見る」


ロアンは地図から顔を上げた。


「ミルカは見たくないのか」


ミルカは、手帳を胸元で抱え直した。


「見たいよ」


「じゃあ行こう」


「雑」


「まだ行くって決めてない」


「決める前から雑」


「どうすれば雑じゃないんだ」


「まず、目的を言う」


ロアンは考えた。


「世界を見に行く」


ミルカは黙った。


「だめ?」


「だめじゃない」


「じゃあ」


「大きすぎる」


「じゃあ、村の外を見に行く」


「小さくなりすぎ」


「難しいな」


ミルカは少し笑った。


「でも、いいと思う」


ロアンは、地図の空白をもう一度見た。


「いいのか」


「うん」


「ミルカがそう言うと、ちゃんとした考えみたいに聞こえる」


「私を便利な判子にしないで」


「押したら安心する判子」


「押さない」


「じゃあ見守るだけで」


「それも嫌」


「厳しい」


ミルカは地図から目を離し、村の外の道を見た。


「見ないと、分からないことがあるから」


その言葉は、ロアンの胸にすっと入った。


見ないと分からない。


それは、スライムも道も荷も同じだった。



※第17話「世界を見に行こう」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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