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勇者の条件  作者: KEI
第16話 隣村までの道

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(四)戻るのも仕事

◆ もう一度の朝


翌朝。


空は晴れていた。


ロアンは、昨日より早く広場に来た。


薬草袋は、乾かせるものは乾かし、包み直されている。


使えなくなった葉も少しある。


それを見るたび、胸が痛んだ。


ロアンは、薬草袋を二重に包んだ。


油布の端を内側に折る。


縄を取りやすい位置に結ぶ。


水袋を一つにまとめず、二つに分ける。


食料を昼と予備に分ける。


替え布を上に置く。


父がそれを見て言った。


「昨日より準備らしい」


「昨日も準備しました」


「今日は、昨日よりしている」


ロアンは言い返せなかった。


ミルカがやって来る。


「今日は沢沿いに行かないよね」


ロアンは即答した。


「行かない」


「理由は」


「昨日、濡れたから」


「他には」


「午後から雲が出たら危ないから」


「他には」


ロアンは馬車を見た。


「荷馬車は沢沿いに弱い」


ミルカは満足そうにうなずいた。


「少し賢くなった」


「少しって」


「昨日よりは」


「そこは普通に褒めてよ」


「普通に褒めたら油断するでしょ」


「俺は褒められて伸びる」


「油断して濡れる」


「昨日のことを一生言う気か」


「一生は言わない。たぶん三年くらい」


「長い」


「じゃあ、次に濡らすまで」


「短くなった気がしない」


ミルカは荷の結び目を確認した。


「これはいいと思う」


ロアンは少し目を丸くする。


「褒めた?」


「結び目をね」


「俺は?」


「結び目を作った人も、少し」


「少し多いな」


「油断しない程度に」


荷運びの男が地図を指す。


「今日は尾根道を使う。遠回りだが、乾いている」


ロアンはうなずいた。


「時間はかかるけど、荷は濡れにくい」


「そうだ」


「魔物は」


「沢沿いより少ない。ただし、小鬼が出ることがある」


ロアンは剣に触れかけて、手を止めた。


荷運びの男はそれを見ていたが、何も言わなかった。


一行は、もう一度村を出た。


昨日戻った道を、今日は別の道でやり直す。


門をくぐる時、ロアンは振り返った。


村の門は、昨日と同じように開いている。


戻る道がある。


だから、もう一度出られる。


◆ 戦わずに抜ける


尾根道は、沢沿いより遠かった。


だが、乾いている。


車輪は沈まない。


馬も落ち着いている。


道は少し登るが、見通しがいい。


ロアンは荷馬車の横を歩きながら、空と道と荷を何度も見る。


途中、道の端に小さな足跡を見つけた。


人間ではない。


裸足に近い形。


細く、浅い。


小鬼の足跡だ。


ロアンは前へ進みかけて、止まった。


「足跡、新しい」


荷運びの男がうなずく。


「どうする」


ロアンは周囲を見る。


林。


草。


荷馬車。


馬。


空。


「荷馬車を止めて、音を出さない。先に確認する。多かったら戻る」


荷運びの男は言った。


「よし」


ロアンは、荷馬車から少し離れて前を見る。


尾根道の先、背の高い草の向こうに、小鬼が二匹いた。


進路の真ん中ではない。


だが、音を立てれば寄ってくる距離だ。


二匹とも、何かを探している。


ロアンは剣を抜きかけた。


倒せるかもしれない。


二匹なら。


たぶん。


でも、戦えば音が出る。


荷馬車に気づかれる。


馬が暴れるかもしれない。


荷が崩れるかもしれない。


昨日の薬草袋が頭をよぎる。


ロアンは剣から手を離した。


足元の石を拾い、小鬼たちとは反対側の藪へ投げる。


がさ、と音がした。


小鬼がそちらを見る。


一匹が動く。


もう一匹はまだこちらに近い。


ロアンは背の高い草を、剣の鞘で軽く揺らした。


別の方向に気配を作る。


小鬼はそちらへ向かった。


荷馬車が、ゆっくり進む。


車輪の音をできるだけ抑える。


馬の首を、荷運びの男が撫でている。


ロアンは息を止めるようにして、小鬼の背を見ていた。


やがて、荷馬車は通り抜けた。


戦わずに済んだ。


荷運びの男が小声で言う。


「昨日より護衛らしい」


ロアンは少し嬉しかった。


でも、声には出さなかった。


声を出すと、小鬼が戻ってきそうだったからだ。


◆ 隣村


夕方前。


隣村の門が見えた。


ロアンは、思っていたより疲れていた。


足が重い。


肩が痛い。


水袋は軽くなっている。


荷馬車の速度に合わせて歩くのは、空身で走るより疲れるのだと知った。


隣村は、見慣れない形の柵に囲まれていた。


畑の並びも違う。


家の屋根の角度も違う。


井戸の位置も、広場の広さも、ロアンの村とは少しずつ違う。


大きな旅ではない。


それでも、ロアンにとっては十分知らない場所だった。


隣村の人たちが荷馬車を迎える。


「助かった。道が悪かっただろう」


ロアンは答えた。


「昨日、戻りました」


相手が瞬きする。


「昨日?」


「失敗したので」


荷運びの男が笑った。


「だから今日は届いた」


薬草袋が下ろされる。


少し品質が落ちたものもある。


だが、使える。


修理した農具も渡される。


塩漬け肉も渡される。


代わりに、塩。


鉄の小物。


麦。


薬の材料。


荷台に新しい荷が積まれていく。


ロアンは、それを見ていた。


届けるというのは、ただ目的地へ着くことではなかった。


荷を渡す。


中身を確認する。


受け取るものを受け取る。


帳面に印を入れる。


縄を結び直す。


水袋を補充する。


帰りの荷の重さを見る。


それも全部、道の一部だった。


隣村の薬師が、小さな包みをロアンに渡した。


「手伝い賃だよ」


中には、干し果物と銅貨が数枚入っていた。


ロアンは戸惑った。


「俺、昨日失敗しましたけど」


荷運びの男が言う。


「今日は届けた」


薬師がうなずく。


「昨日戻ったから、今日は届いた」


ロアンは包みを受け取った。


報酬は大金ではない。


けれど、手に乗せると妙に重かった。


◆ 戻るのも仕事


帰り道。


荷は軽くなったわけではない。


届けた荷の代わりに、塩と鉄の小物と麦がある。


むしろ、音が増えた。


鉄の小物が荷台で鳴る。


塩の袋は湿気を嫌う。


麦の袋は破れやすい。


ロアンは、朝より静かに歩いた。


道を見る。


空を見る。


荷を見る。


馬を見る。


一緒に歩く大人の足取りを見る。


疲れていないか。


水は足りるか。


荷の縄は緩んでいないか。


荷運びの男が言う。


「今日は何を覚えた」


ロアンは少し考えた。


「近道は早いとは限らない」


「他には」


「荷があると、逃げ方が変わる」


「他には」


「倒さなくていい魔物もいる」


「他には」


ロアンは、村へ戻る道を見た。


「戻るのも仕事」


荷運びの男はうなずいた。


「それが分かるなら、次はもう少し遠くへ行ける」


ロアンは、隣村の先を想像した。


さらに遠い村。


町。


大きな街道。


国境。


まだ見たことのない場所。


そこには、きっと荷がある。


人がいる。


雨が降る。


道が崩れる。


魔物が出る。


戻るか進むかを決めなければならない時がある。


ロアンは、干し果物の包みを握った。


昨日戻ったから、今日届いた。


今日届いたから、次を考えられる。


そのことが、少しだけ分かった気がした。


◆ 隣村までの道


日が傾く頃、ロアンたちは村へ戻った。


木の門が見える。


子どもの頃、何度も逃げ帰った門。


スライムに焼かれて泣きながら戻った門。


泥だらけでくぐった門。


初めてスライムを倒して、少し胸を張って戻った門。


今日は、その門が少し違って見えた。


門の外に、半日以上いた。


一度失敗して戻り、翌日また出て、隣村まで荷を届けた。


戻るだけではなく、戻ってやり直した。


村長が門の前に立っていた。


「届いたか」


ロアンはうなずく。


「はい」


「人は」


「戻りました」


「荷は」


「戻りました。塩と鉄と麦も」


村長はうなずいた。


「なら、今日は仕事になったな」


ロアンは、少しだけ笑った。


隣村までの道は、近かった。


子どもの頃から、名前だけなら何度も聞いていた。


けれど、荷を持って歩くと遠かった。


雨が降れば道は変わり、荷が濡れれば価値は落ち、馬車が沈めば時間は消える。


スライムは倒せても、濡れた薬草は元に戻らない。


小鬼は倒せるかもしれないが、戦えば荷馬車に気づかれる。


進むことだけが勇気ではなかった。


戻ることも仕事だった。


戻れたなら、失敗はまだ途中になる。


翌日、もう一度出られるからだ。


ロアンは、隣村までの道でそれを覚えた。


門まで逃げ帰る子どもでは、もうなかった。


けれど、まだ旅人でもなかった。


ただ、少し遠い道の歩き方を覚え始めた若者だった。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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