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勇者の条件  作者: KEI
第16話 隣村までの道

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(三)失敗はまだ途中

◆ 雨とぬかるみ


沢沿いの道は、あっという間に変わった。


乾いていた土が黒くなる。


細い道に水が流れる。


車輪がぬかるみに沈む。


馬が嫌がって足を止める。


荷台が傾く。


薬草袋の端に水がかかった。


ロアンは慌てて後ろへ回った。


「押します!」


荷運びの男が怒鳴る。


「先に荷を降ろせ!」


ロアンは車輪ばかり見ていた。


荷を見ていなかった。


薬草袋が濡れかけている。


麻布の包みも水を吸い始めている。


ロアンは慌てて荷台へ飛びついた。


「油布!」


もう一人の大人が、油布を広げる。


ロアンは薬草袋を抱え、高い岩の上へ運ぶ。


雨が目に入る。


手が滑る。


薬草袋は思ったより重い。


水を吸えば、さらに重くなる。


沢の方から、緑色の塊が動いてくるのが見えた。


雨に寄ってきたスライムだ。


一匹。


二匹。


ロアンは剣に手をかけた。


「スライムが!」


荷運びの男が叫ぶ。


「剣を抜く前に荷を上げろ。濡れるぞ!」


ロアンは迷った。


スライムを倒すか。


荷を守るか。


目の前に魔物がいる。


だが、薬草袋も水を吸っている。


水場に近づいたスライムを思い出す。


倒すことだけが仕事じゃない。


ロアンは剣を抜かなかった。


薬草袋を抱え直し、岩の上へ運ぶ。


もう一人の大人が棒でスライムを追い払う。


荷運びの男は、車輪の下へ枝を差し込む。


馬を落ち着かせる。


雨はまだ降っている。


時間がどんどん消えていく。


ようやく馬車が動いた時、薬草袋の一部は濡れていた。


全部ではない。


けれど、無事でもない。


ロアンは、雨に濡れたまま立ち尽くした。


自分が近道を言った。


だから、こうなった。


◆ 濡れた薬草


古い石小屋で雨宿りをした。


屋根は半分欠けていたが、荷を置くには十分だった。


薬師のおばさんから預かった薬草袋を開く。


乾いているもの。


少し湿ったもの。


端が水を吸って色の変わったもの。


荷運びの男は、袋を一つずつ確認した。


ロアンは黙って立っている。


「これ、乾かせば使える。でも値は落ちるな」


荷運びの男が言った。


ロアンの胸が重くなった。


「俺が近道って言ったから」


「そうだ」


思っていたより、まっすぐ返ってきた。


ロアンはさらに落ち込む。


「慰めないんですか」


「慰めても荷は乾かん」


ロアンは返す言葉を失った。


荷運びの男は、濡れた薬草を分けながら続ける。


「だが、全部は濡れなかった」


ロアンは顔を上げる。


「途中で荷を上げたからだ」


「でも、失敗です」


「失敗だ」


荷運びの男は否定しない。


「近道に入った判断は甘かった。空の見方も甘かった。荷を降ろすより先に車輪を押そうとしたのも甘かった」


ロアンは小さくなる。


「はい」


「だが、失敗した後に何を守るか。それも仕事だ」


石小屋の外では、雨が弱まり始めていた。


荷運びの男は地図を広げる。


「隣村までは、まだ距離がある」


ロアンは地図を見る。


進めない距離ではない。


だが、道は濡れている。


荷も重い。


馬も疲れている。


日も傾き始める。


荷運びの男が言った。


「どうする」


ロアンは驚いた。


「俺が決めるんですか」


「言ってみろ。決めるのは俺だ」


ロアンは道を見る。


荷を見る。


空を見る。


馬を見る。


自分の足を見る。


濡れた薬草袋を見る。


水場のスライム。


乾いた土のスライム。


戻れた門。


見栄を張って転んだ泥。


いろいろなものが、頭の中で変につながる。


「進みたいです」


ロアンは正直に言った。


荷運びの男は黙っている。


ロアンは続ける。


「でも、今日は戻った方がいいと思います」


「理由は」


「薬草がこれ以上濡れたら困るし、馬車も重い。日が暮れたら、たぶんもっと遅れる。帰る道も悪くなる」


「他には」


ロアンは、濡れた袋に手を置いた。


「届けたいから。今日は戻れば、明日また出られる。でも今日無理したら、荷も馬車もだめになるかもしれない」


荷運びの男は、少しだけ口元を緩めた。


「戻るぞ」


その言葉を聞いて、ロアンは悔しかった。


けれど、ほっともした。


◆ 失敗はまだ途中


帰り道、ロアンは荷馬車の横を黙って歩いた。


濡れた薬草袋を持ち、馬車が傾かないように支える。


車輪の跡を見る。


ぬかるみに足を取られないように、先に石を置く。


スライムが出ても、剣は抜かない。


荷馬車を遠ざける。


倒せそうでも、追わない。


戦わずに済むなら、戦わない。


村へ戻った時には、すっかり夕方だった。


門の前で、子どもたちがこちらを見る。


「もう帰ってきたのか」


誰かが言った。


ロアンは顔が熱くなる。


隣村まで行けなかった。


初めての護衛手伝いで、途中で戻った。


村長が広場へ出てきた。


荷運びの男が報告する。


「沢沿いで雨。薬草の一部が湿った。馬車は無事。人も無事。明日、道を変えて再出発する」


村長はロアンを見た。


「隣村へは行けなかったか」


ロアンはうなずく。


「はい」


「荷は戻ったか」


「はい」


「人は戻ったか」


「はい」


村長は、少しだけうなずいた。


「なら、失敗はまだ途中だ」


ロアンは顔を上げる。


「途中?」


「戻れたなら、続きがある。荷を乾かし、道を変え、明日もう一度出ればいい」


村長は荷を見た。


「戻らなかった失敗は、そこで終わる。戻った失敗は、まだ途中だ」


ロアンは、濡れた薬草袋を見た。


全部は守れなかった。


隣村にも届かなかった。


でも、人は戻った。


馬車も戻った。


荷も、全部ではないが戻った。


明日、もう一度出られる。


失敗は、まだ途中。


その言葉は、ロアンの中に残った。



※第16話「隣村までの道」は全四回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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