(二)荷があると
◆ 荷があると
一行は村を出た。
荷運びの男。
荷馬車。
もう一人の大人。
ロアン。
猟師のおじさんは、林の入口までついて来る。
道の最初はなだらかだった。
朝の空気は冷たく、土は乾いている。
ロアンは元気に歩いた。
荷馬車の前へ出たり、後ろへ回ったり、道の先を見に行ったりする。
荷運びの男が言った。
「歩幅を合わせろ」
ロアンは振り返る。
「え?」
「馬車より先に疲れてどうする」
「疲れてません」
「今はな」
ロアンは荷馬車の横に戻った。
馬車は遅い。
人が歩くよりも遅い時がある。
車輪が石を踏めば揺れる。
坂ではさらに遅くなる。
自分だけなら、もっと早く歩ける。
だが、今日は自分が早く進む日ではなかった。
荷の速度に合わせる日だった。
しばらく進むと、道のくぼみに車輪が引っかかった。
ロアンはすぐに後ろへ回る。
「押します!」
荷運びの男が止めた。
「押す前に荷を見ろ」
ロアンは荷を見る。
薬草袋が片側へ傾いていた。
このまま押せば、袋が荷台の端へ滑る。
ロアンは慌てて縄を直した。
「押せば進むと思った」
「押せば荷が崩れる時もある」
荷運びの男は車輪の下へ小石を入れ、もう一人の大人と馬に声をかけた。
ロアンは横から支える。
車輪は、ゆっくりくぼみを越えた。
それだけで、少し汗をかいた。
荷があると、ただのくぼみも面倒になる。
ロアンは、そのことを初めて体で知った。
◆ 倒さない魔物
林道の手前で、道脇にスライムが二匹いた。
雨上がりの草の上で、ぷるぷる震えている。
ロアンは反射的に前へ出た。
子どもの頃から何度も向き合ってきた相手だ。
スライムの動きは分かる。
縮むところも見える。
乾いた土と湿った草の違いも分かる。
倒せる。
そう思った時、荷運びの男が言った。
「倒すな」
ロアンは驚いた。
「え、でも道に」
「荷馬車を止めるな。左に寄せて抜ける」
「危なくないですか」
「スライムは水場に向かっている。こっちに来る気がない」
ロアンはスライムを見た。
確かに、二匹は馬車ではなく、湿った草の方へゆっくり進んでいる。
ロアンは剣に手をかけたまま、少し下がった。
荷馬車は、道の左端をゆっくり通る。
スライムは反応しない。
戦わずに済んだ。
ロアンは拍子抜けした。
「倒さなくていいんだ」
荷運びの男が言う。
「倒すと時間を食う。棒も汚れる。音も出る。荷も止まる」
猟師のおじさんが後ろから付け足した。
「敵がいることと、戦うべきことは違う」
ロアンは振り返る。
猟師のおじさんは、そこで足を止めた。
「俺はここまでだ。先は荷を見る人間の言うことを聞け」
「はい」
「前に出すぎるな」
「はい」
「戻る道を忘れるな」
ロアンは少しだけ笑う。
「それは覚えてます」
猟師のおじさんはうなずいた。
「なら行け」
ロアンは荷馬車の横へ戻った。
林道の先は、いつもより少し暗く見えた。
◆ 近道
昼前。
予定より少し遅れていた。
車輪のくぼみで時間を使った。
林道の出口も、倒木を避けたために少し回り道になった。
空には雲が増えている。
ロアンは地図を見た。
沢沿いの近道がある。
尾根道より短い。
そこを使えば、遅れを取り戻せるかもしれない。
ロアンは地図を指した。
「こっちを行けば早いんじゃないですか」
荷運びの男が渋い顔をする。
「雨が降らなければな」
ロアンは空を見る。
「まだ降ってません」
「これから降るかもしれん」
「でも遅れてます」
「遅れを取り戻すために、もっと遅れる道へ入ることもある」
ロアンは黙った。
初めての護衛手伝いで、遅れたくなかった。
自分のせいではない。
くぼみも倒木も、ロアンが起こしたわけではない。
それでも、何とかしたかった。
「短い区間だけなら」
ロアンは言った。
荷運びの男は、しばらく地図を見た。
空を見る。
馬を見る。
荷を見る。
「短い区間だけだ。雨が強くなる前に抜ける」
ロアンは少しほっとした。
自分の意見が採用された。
役に立ったような気がした。
沢沿いの道に入ってしばらくは、確かに早かった。
道は細いが、下り気味で、馬車も進む。
沢の水音が近い。
ロアンは少し得意になった。
「こっちでよかったですね」
荷運びの男は答えない。
空を見ていた。
最初の雨粒が落ちた。
小雨だった。
ロアンはまだ平気だと思った。
すぐに、雨は強くなった。
※第16話「隣村までの道」は全四回です。
続きます。
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