(四)条件なき者たちよ
◆ 灰の一団
死霊宰相が、玉座の間の脇で低く言った。
「記録上、彼らは勇者条件に該当しません」
現魔王は答えない。
死霊宰相は続ける。
「血筋なし。神託なし。聖剣なし。聖痕なし。中央神殿認定なし。天空要塞攻略なし。勇者旗なし」
「分かっている」
「ただし、西方灰色外套との一致が見られます。報酬制少数戦力。灰色外套。四名。活動報告途絶後、現行記録から消失」
吸血侯が続ける。
「彼らが各国の間を走っていたなら、転移ゲート同時破壊、三拠点同時攻略の情報線にも関与した可能性があります」
竜将が唸る。
「ならば、やはりこやつらが元凶ではないか」
ロアンは少しだけ眉を寄せる。
ミルカが一歩前へ出かけたが、ロアンが手で止めた。
現魔王は問う。
「貴様らは、魔王軍の転移門を壊したか」
ロアンは首を振った。
「直接は」
「直接は、か」
ミルカが答える。
「場所を知っていた人たちがいました。壊し方を考えた人たちもいました。私たちは、全部をやったわけじゃありません」
「だが、関わった」
ミルカは視線を逸らさない。
「関わりました」
現魔王はエナを見る。
「深森の道は」
エナが息を呑む。
「私たちだけじゃありません」
「導きの石は砕いた」
「石だけじゃ、なかったんだと思います」
その言葉に、現魔王の目がわずかに動いた。
導きとは、石だけを指す言葉ではなかった。
そう記録するには、まだ早い。
だが、目の前の少女は、答えの一部を持っている。
現魔王はガルドを見る。
「火山の水は」
ガルドは肩をすくめた。
「俺は水路には詳しくない」
「では誰が」
「詳しいやつがいた」
「名は」
「言っていいのか?」
ガルドがロアンを見る。
ロアンは首を振る。
ガルドは魔王へ向き直った。
「言わない方がいいらしい」
竜将が剣に手をかける。
「ふざけるな」
ガルドは静かに竜将を見た。
「ふざけてはいない」
その一言で、竜将の動きが止まった。
軽さが消えていた。
剣士としての気配が、そこにあった。
現魔王は、四人を見渡す。
ロアンたちは、すべてを説明しない。
できないのか。
しないのか。
あるいは、自分たちだけの功績ではないから、言い切れないのか。
いずれにせよ、はっきりしていることがある。
彼らは、単独の英雄ではない。
しかし、ただの傭兵でもない。
線の先端。
積み重なった助力の出口。
条件の外側から、玉座へ来た者たち。
現魔王は、静かに言った。
「灰の一団」
ロアンは頷いた。
「はい」
「勇者ではない」
「はい」
「だが、魔王を止めに来た」
「はい」
「ならば」
現魔王の魔力が、玉座の間に満ち始める。
黒い炎が大きく揺れる。
柱の影が床を伸びる。
「貴様らの名乗りだけでは足りぬ」
ロアンの手が、剣の柄へかかる。
ミルカが杖を握る。
エナが小さく息を吸う。
ガルドが半歩前へ出る。
現魔王は言った。
「証明してみせろ。条件なき者たちよ」
◆ いつも通り
玉座の間に、魔力が満ちていく。
床の古い魔法陣が、ゆっくりと浮かび上がる。
黒い線。
赤い光。
低い振動。
魔王の力は、近づいただけで肌を焼くようだった。
エナが小さく息を呑む。
ミルカが額に汗をにじませる。
ガルドは笑っていない。
ロアンは、三人を見た。
「散らない。離れすぎない。いつも通りで」
ミルカが顔をしかめる。
「いつも通りで魔王と戦うの、だいぶおかしいから」
ガルドが言う。
「でも、それ以外にできることもないだろ」
エナが、震えながらもうなずいた。
「大丈夫。たぶん、まだ帰れます」
ロアンは小さく笑った。
「じゃあ、帰ろう」
その言葉に、ミルカが一瞬だけ息を吐く。
ガルドが剣を構える。
エナが手を胸の前で組む。
ロアンが剣を抜く。
その剣は、聖剣ではない。
まだ、そう呼ばれていない。
田舎町の鍛冶屋から受け取った、使い込まれた剣である。
それでも、彼の手にはよく馴染んでいた。
現魔王は、その剣を見た。
聖剣ではない。
だが、使われ続けた剣だ。
神託はない。
だが、彼らをここまで運んだ言葉はある。
聖痕はない。
だが、傷はある。
勇者の旗はない。
だが、背後にはいくつもの道がある。
魔王は、それをすべて理解したわけではない。
ただ、目の前の四人が危険だということだけは分かった。
歴代勇者の記録にある条件は、揃っていない。
けれど、彼らが弱い理由にはならない。
現魔王は、右手を上げた。
玉座の間の魔法陣が、完全に開く。
竜将が息を呑む。
死霊宰相が記録を止める。
吸血侯が影の中で目を細める。
ロアンたちは構えた。
聖剣はなかった。
中央神殿の神託もなかった。
聖痕を掲げた勇者もいなかった。
東の血筋から生まれた英雄もいなかった。
玉座の前に立っていたのは、灰色の外套をまとった四人だった。
ロアン。
ミルカ。
エナ。
ガルド。
魔王軍の記録は、最後まで彼らを勇者一行と断定できなかった。
条件がなかったからである。
だが、条件がない者たちは、条件を満たした勇者と同じ場所に立っていた。
現魔王は問うた。
「貴様は何者だ」
ロアンは、勇者とは答えなかった。
その答えを知る前に、戦いが始まろうとしていた。
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