(五)条件なき者たち
◆ 条件なき者たち
戦略会議室。
死霊宰相が侵入者情報を更新する。
「侵入者四名。灰色外套。西方局地戦力との関連可能性あり。勇者条件、該当なし」
記録官が項目を読み上げる。
「血筋なし」
「神託なし」
「聖剣なし」
「聖痕なし」
「神殿認定なし」
「天空要塞攻略なし」
「各国軍指揮権なし」
「勇者旗なし」
竜将が苛立った。
「ない、ない、ない。ならば何なのだ!」
誰も答えなかった。
答えられなかった。
条件がない。
だが、魔王城の中枢へ近づいている。
現魔王は、長卓の上の札を見た。
対勇者戦略。
出身地。
血筋。
神託。
聖痕。
聖剣。
仲間。
天空要塞。
そのどれにも、彼らはきれいに収まらない。
しかし、彼らが向かっている先は、歴代勇者が最後に辿り着いた場所だった。
玉座の間。
魔王の前。
現魔王は言った。
「条件なき者たち」
吸血侯が問う。
「勇者ではない、と?」
少し前なら、答えられた。
勇者ではない。
血筋がない。
神託がない。
聖剣がない。
聖痕がない。
神殿の認定がない。
天空要塞も落としていない。
だから勇者ではない。
そう記録できた。
だが今は、その言葉だけでは足りなかった。
現魔王は、ゆっくりと答える。
「分からぬ」
会議室にいた者たちが、息を呑んだ。
現魔王が「分からぬ」と言った。
それは混乱ではない。
降伏でもない。
事実の確認だった。
分からないものを、分かっているふりはできない。
「迎撃を続けろ」
現魔王は言った。
「ただし、可能なら殺すな。止めろ。捕らえろ。話を聞け」
竜将が武器に手をかける。
「陛下、私が出ます」
「まだだ」
「しかし」
「ここまで来たなら、見ねばならぬ」
死霊宰相が言う。
「危険です」
「だから見る」
吸血侯が静かに問う。
「勇者かどうかを、ですか」
「それもある」
現魔王は立ち上がった。
「だが、それだけではない」
彼は玉座の間へ続く扉の方を見た。
「条件を持たぬ者たちが、どうやってここまで来たのか。それを知らずに殺せば、次も見誤る」
◆ 玉座区画
灰色の四人は、玉座区画へ近づいていた。
空気が変わる。
魔力が濃い。
壁の石に、黒い光が走っている。
遠くで、大きな扉の閉じる音がした。
内郭最終防衛線。
魔王城の最深部。
黒い扉。
近衛隊。
魔術防壁。
魔物の咆哮。
そこを抜ければ、玉座の間がある。
少女が、先頭の男の袖をつかんだ。
「この先、戻れないかも」
剣の男が言う。
「なら、ここまでは戻れるってことだ」
魔術師の女が睨む。
「その言い方、どうなの」
剣の男は肩をすくめた。
「前向きだろ」
先頭の男は、少しだけ笑った。
「そういう考え方、嫌いじゃない」
魔術防壁が行く手を塞ぐ。
女が見上げる。
「これは、壊すと全部にばれる」
剣の男が周囲を見た。
「もう全部にばれてる」
「だから、もっとばれる」
少女が、扉の横の壁を指す。
「そこじゃない。下」
「下?」
「床の下、何か通ってる」
先頭の男が膝をつく。
冷たい石に手を当てる。
耳を澄ます。
遠くで、低い音がした。
空気が流れている。
排気路。
魔力管。
古い通路。
何かが、下にある。
「通れる?」
魔術師の女が顔をしかめる。
「通りたくはない」
「通れるかどうか」
「……通れる」
剣の男が笑う。
「じゃあ通るか」
「本当に雑」
「でも早い」
少女が、奥を見た。
「急いで。たぶん、来る」
近衛隊の足音が近づいていた。
◆ 最終防衛線
最終防衛線の近衛隊は、強かった。
外縁兵とも、内郭兵とも違う。
魔王に近い場所を守るための兵である。
鎧には黒い刻印が入り、武器には魔力が通っている。
獣のような魔物もいた。
巨大な顎。
赤い目。
石の床を削る爪。
灰色の四人は、正面からぶつからない。
魔術師の女が、防壁の要を細く抜く。
少女が、崩れそうな床を見つける。
剣の男が、近衛の間合いへ入っては抜ける。
先頭の男が、全体の位置を見て声を出す。
「左、下がって」
「今、右」
「一体だけ止める」
「そこは行かない」
命令ではない。
怒鳴り声でもない。
だが、四人はその声で動いた。
魔物の一体が突進する。
少女が、息を呑む。
「だめ、正面」
先頭の男が一歩ずれた。
魔物の角が、壁を砕く。
剣の男が、その横を通って足を打つ。
魔物が倒れる。
死んではいない。
だが、起き上がるまで時間がかかる。
魔術師の女が床の刻印を切る。
黒い光が一瞬だけ消える。
「今」
四人は、防壁の隙間を抜けた。
背後で、防壁が戻る。
追ってきた近衛隊が足止めされる。
近衛隊長が叫ぶ。
「最終防衛線、突破された!」
通信水晶が震える。
その声は、戦略会議室へ届いた。
◆ 見ねばならぬ
「内郭最終防衛線、突破」
警備隊長の声は、低く掠れていた。
「侵入者、玉座区画へ接近」
竜将が武器を取る。
「陛下、私が出ます」
現魔王は立ち上がった。
「よい」
「陛下」
「ここまで来たなら、見ねばならぬ」
死霊宰相が前へ出る。
「玉座へ近づけるのは危険です」
「危険だから見る」
「迎撃を続けながら、距離を取るべきです」
「距離を取れば、分からぬ」
現魔王は、長卓に並んだ札を見た。
血筋なし。
神託なし。
聖剣なし。
聖痕なし。
神殿認定なし。
天空要塞攻略なし。
勇者旗なし。
そして、玉座区画接近。
竜将が言う。
「勇者でないなら、殺せばよい」
「勇者でないものが、勇者と同じ場所へ来ている」
現魔王は答えた。
「それを知らずに殺せば、我らは次も同じものを見落とす」
吸血侯が、わずかに笑みを消した。
「陛下は、彼らを記録するおつもりですか」
「まず見る」
「その後は」
「必要なら殺す。必要なら捕らえる。必要なら問う」
竜将が言う。
「私は」
「控えろ」
竜将の目が燃える。
だが、膝をついた。
「御意」
現魔王は玉座の間へ向かった。
死霊宰相が後に続く。
吸血侯が、影のように側へ寄る。
竜将は武器を握ったまま、扉の横へ控えた。
魔王城は落ちていない。
城門も残っている。
天空要塞も無傷である。
転移ゲートも破られていない。
それでも、四人は玉座の近くまで来ていた。
◆ 黒い扉
玉座の間の前。
黒い扉が、重く閉じている。
灰色の四人は、その前に立った。
先頭の男は、扉を見上げる。
魔術師の女が、扉の術式を見て小さく息を吐く。
「これは、開けるより待った方が早いかも」
剣の男が首をかしげた。
「向こうが開けてくれるのか」
少女が、扉の向こうを見ている。
見えているわけではない。
それでも、彼女は静かに言った。
「いる」
先頭の男はうなずいた。
「じゃあ、待つ」
「ここまで来て?」
魔術師の女が呆れる。
「ここまで来たから」
先頭の男は答えた。
「向こうも、こっちを見ると思う」
剣の男が笑う。
「変な信用だな」
「たぶん、そういう相手だ」
その言葉が終わる前に、黒い扉の向こうで、重い音がした。
鍵が外れる。
結界が緩む。
扉が、ゆっくりと開く。
玉座の間。
黒い床。
高い天井。
壁に灯る暗い炎。
奥に、魔王がいた。
現魔王は、玉座の前に立っている。
座ってはいない。
待っていた。
灰色の外套をまとった四人が、扉の向こうから入ってくる。
大軍ではない。
勇者旗もない。
聖剣の光もない。
神託の声もない。
中央神殿の紋もない。
天空要塞を落とした証もない。
それでも、彼らはそこにいた。
現魔王は、四人を見る。
若い男。
魔術師らしき女。
治癒術師らしき少女。
剣を持つ男。
条件は揃っていない。
何一つ、揃っていない。
だが、結果だけが似ている。
玉座の前に、辿り着いている。
魔王軍の記録は、まだ彼らを勇者とは書けない。
書ける条件がない。
ただし、彼らは記録の前に立っていた。
血筋ではない。
神託ではない。
聖剣ではない。
聖痕ではない。
天空要塞を落としてもいない。
それでも、ここにいる。
現魔王は、初めて理解する。
自分の対勇者戦略は、勇者を封じていた。
少なくとも、文献にある勇者の道は封じていた。
だが、勇者と呼ばれない者たちを封じてはいなかった。
黒い扉が、背後で静かに閉じる。
条件なき者たちが、玉座の前に立った。
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