(四)門は無事
◆ 第二防衛線
内郭第二防衛線。
魔王城の中でも、強い防壁の一つである。
結界門。
魔族近衛。
魔物の群れ。
閉鎖式の通路。
ここを通る者は、必ず門を抜けなければならない。
そのように設計されている。
魔術師の女が、結界門を見上げた。
「これは時間がかかる」
先頭の男が問う。
「壊すと?」
「城中に響く」
「もう響いてると思うけど」
「もっと響く」
少女が、右側の壁を見た。
「そこ」
「そこ?」
「右の壁。薄い」
剣の男が壁を軽く叩く。
ごん、と鈍い音がした。
少し離れた場所を叩く。
今度は、音が違った。
「確かに違うな」
魔術師の女が呆れる。
「壁を壊すの?」
先頭の男は少し考えた。
「扉がだめなら、壁かな」
「雑」
「でも早い」
「城の中で壁を壊す人、初めて見た」
「たぶん、向こうもそう思ってる」
少女が、崩れそうな天井を見上げる。
「上は支えた方がいい。たぶん落ちる」
「お願い」
「うん」
魔術師の女は、壁の補強術式を探った。
城の術式は強い。
厚い。
古い。
簡単には壊れない。
だが、壊す必要はない。
一点だけを抜く。
支える力を、一息分だけずらす。
指先に集めた魔力が、細い針のように壁へ入る。
「今」
剣の男が、剣を抜いた。
大振りではない。
叫びもしない。
壁の継ぎ目へ、斜めに一太刀。
石が割れた。
二太刀目で、補強材が鳴る。
先頭の男が、崩れた石を押す。
少女が、落ちかけた天井へ手を伸ばす。
淡い光が、ひび割れの走りを止めた。
壁に、人が通れるだけの穴が開いた。
門は無事だった。
結界門も壊れていない。
近衛兵たちは、門の前で待っていた。
四人は、門を通らなかった。
◆ 門は無事
戦略会議室。
報告が入る。
「内郭第二防衛線、門は無事。しかし侵入者、側壁を抜けました」
竜将が言葉を失った。
「門を破らずに?」
「はい。補強術式の一部を抜かれ、壁面を切断されました」
死霊宰相が顔をしかめる。
「防衛線の意味を理解している。いや、理解した上で無視している」
吸血侯が言う。
「正面から勝つ必要がないと判断しているのでしょう」
竜将が怒鳴る。
「ならば壁をすべて塞げ!」
死霊宰相が答える。
「それをすれば、味方の移動も止まります。内郭全体の兵站が詰まる」
「この状況で兵站など」
「追い詰めすぎるなと、陛下が命じています」
竜将は、奥歯を噛んだ。
現魔王は、第二防衛線の赤い印を見ていた。
過去の勇者なら、門を破った。
聖剣で結界を断つ。
神託で道を示す。
仲間が魔法で門を焼く。
剣聖が近衛を倒す。
そして、扉の正面から入ってくる。
それが文献の型だった。
だが、灰色の四人は壁を抜けた。
勝つ必要のない場所では、勝たない。
倒す必要のない敵は、倒さない。
破る必要のない門は、破らない。
目的地へ行く。
ただそれだけの動きだった。
現魔王は低く言った。
「過去の勇者なら、門を破った」
竜将が答える。
「こやつらは壁を抜けた」
「そうだ」
魔王の中で、記録の形と目の前の事実がずれていく。
◆ 寄り道しない
灰色の四人は、内郭を進んでいた。
魔王城の中には、いくつもの重要区画がある。
宝物庫。
兵器庫。
捕虜牢。
魔術書庫。
転移門管理室。
儀式場。
どれも、攻め手にとって価値がある。
だが、四人は寄らない。
宝物庫の扉を横目に、素通りする。
兵器庫の前で警報が鳴っても、進路を変えない。
捕虜牢から呻き声が聞こえても、足を止めない。
先頭の男が言う。
「寄り道しない。魔王のところまで行く」
魔術師の女が答える。
「分かってる。寄り道したら囲まれる」
少女が小さく言う。
「急いだ方がいい。たぶん、向こうも気づいた」
剣の男が笑った。
「もう十分気づかれてるだろ」
「じゃあ、もっと急ごう」
先頭の男はそう言って、角を曲がる。
その先で、魔族近衛が待っていた。
三体。
いずれも、外縁の兵とは違う。
鎧が厚い。
魔力も濃い。
剣の男が一歩前に出る。
「倒す?」
先頭の男は首を振った。
「止めるだけでいい」
「難しい注文だな」
「できる?」
剣の男は、少し笑った。
「たぶん」
魔術師の女が、横から結界を薄くする。
少女が、倒れそうな近衛兵の落下先を見ている。
先頭の男が、近衛の動きに合わせて声をかける。
「右。次、下。今」
剣の男が動く。
一体目の剣が宙を舞う。
二体目の膝が折れる。
三体目の盾が弾かれ、壁へ打ちつけられる。
殺してはいない。
だが、道は開いた。
先頭の男は、倒れた近衛兵へ一瞬だけ目を向けた。
「悪い。通る」
そして、先へ進んだ。
※第13話「条件なき者たち」は全五回です。
続きます。
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