(三)四つの役割
◆ 四つの役割
魔王城内郭。
灰色の四人は、走っていない。
急いではいる。
だが、慌ててはいない。
先頭の若い男が、広間の天井を見上げた。
黒い鎖。
吊り下げられた魔晶灯。
左右の通路。
床の模様。
「奥の階段は使わない。上から挟まれる」
魔術師らしき女が、柱の刻印を見た。
「じゃあどこ」
「こっちの通路。音が抜けてる。広間につながってる」
「たぶん罠もあるけど」
「ない道があるならそっちにする」
「そんな道ない」
「じゃあ少ない方」
後ろにいた少女が、小さく言った。
「左の床、踏まない方がいい」
先頭の男が止まる。
「どのあたり」
「黒い線のところ。たぶん、落ちる」
剣を持った男が床を見た。
「見た目は同じだぞ」
「でも、だめ」
魔術師の女がため息をつく。
「またそれ?」
「当たるからいいでしょ」
先頭の男は、迷わず黒い線を避けた。
次の瞬間、追ってきた魔物の足がそこを踏む。
床が落ちた。
魔物が下へ消える。
剣の男が、少女を見る。
「便利だな」
少女は顔をしかめた。
「便利じゃない」
「じゃあ、助かる」
彼女は何も言わなかった。
その間に、魔術師の女は壁の刻印へ指先を当てていた。
小さな光が走る。
柱の奥の一点だけが、ふっと暗くなる。
巨大な結界は壊れない。
ただ、その一部が、細い糸を抜かれたように緩む。
「通れる。急いで」
先頭の男が言う。
「前、お願い」
剣の男が出た。
内郭兵が三人、黒い盾を構えて待っている。
一人目の槍が突き出される。
剣の男は、一歩で間合いを潰した。
槍の柄が弾かれる。
手首。
膝。
鎧の継ぎ目。
三つの音がほとんど同時に鳴った。
内郭兵が崩れる。
死んではいない。
だが、立てない。
兵の一人が呻く。
「速……」
剣の男は首をかしげた。
「今のは普通だろ」
魔術師の女が、ぼそりと言う。
「普通じゃない」
「そうか?」
「そう」
先頭の男が短く言った。
「行く。寄り道しない」
四人は進む。
宝物庫には寄らない。
兵舎も燃やさない。
捕虜牢にも向かわない。
通路を選び、罠を避け、結界をずらし、必要な敵だけを止める。
目的は、一つに絞られていた。
◆ 灰色という名
戦略会議室。
警備隊長から、さらに報告が入る。
「侵入者、内郭第一線を通過。現在、第二防衛線へ接近」
死霊宰相が地図の赤線を伸ばす。
「速い」
竜将が言う。
「迎撃部隊を出せ。足を止めろ」
現魔王はうなずいた。
「出せ。ただし、殺すことを優先するな」
竜将が振り返る。
「陛下」
「足を止めろ。情報を取れ」
「ここで捕らえるおつもりですか」
「可能ならな」
現魔王は、灰色の札を見た。
「条件に合わぬ者たちが、なぜここまで来たのかを知る必要がある」
死霊宰相がうなずく。
「内郭第二防衛線を閉鎖します」
吸血侯が言う。
「退路も塞ぎますか」
「塞げ。ただし、追い込みすぎるな」
現魔王は続けた。
「追い詰めた獣は読みにくい」
竜将は不満げだったが、命令を飛ばした。
近衛兵。
城内魔獣。
結界管理兵。
内郭第二防衛線が閉じる。
その間に、吸血侯は古い報告書を開いていた。
灰色外套。
西の灰。
ロアンという名。
若い護衛役。
報酬制少数戦力。
個人単位の人助け。
活動報告途絶。
吸血侯は小さく言う。
「消えたのではなく、見えなくなっていた」
竜将が舌打ちする。
「今さら言っても遅い」
「はい」
吸血侯は認めた。
「ですが、まだ遅すぎるとは限りません」
現魔王は、それを聞きながらも地図から目を離さない。
灰色外套。
勇者候補、非該当。
今、その札がゆっくりと中央へ引き寄せられていた。
※第13話「条件なき者たち」は全五回です。
続きます。
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