(三)軍の通過痕なし
◆ 報告の受け取り
魔王城。
天空要塞からの詳細報告が届いた。
死霊宰相が読み上げる。
「西崖道にて落石。獣または少数人員の通過痕らしきものあり。ただし軍の通過痕なし。野営跡なし。火を焚いた痕跡なし。魔王城方面へ向かった確証なし。天空要塞側は定期巡回を増加」
竜将が鼻を鳴らす。
「獣道の報告まで上げてくるとは、天空侯も細かい」
吸血侯が少しだけ反応した。
「少数人員の可能性、ですか」
死霊宰相が続ける。
「痕跡は薄く、判別不能。山岳地帯では、獣、猟師、逃亡兵、はぐれ斥候の痕跡が混ざります。これだけでは判断できません」
現魔王が問う。
「警戒を上げるほどか」
死霊宰相は首を横に振った。
「軍の通過ではありません。荷馬も車輪もなく、野営跡も火の跡もありません。勇者一行と判断するには根拠が弱い」
吸血侯も言う。
「見えない線は気になります。しかし、これは線とは呼べません。断片です」
竜将が腕を組む。
「深海、深森、火山を落とした人間軍は、それぞれ止まっています。少数の影をすべて追えば、こちらの兵が散る」
現魔王は、報告書を見た。
獣または少数人員。
判別不能。
軍の通過痕なし。
巡回増加。
見落としではない。
無視でもない。
記録は残っている。
巡回も増える。
ただし、警戒レベルを大きく上げる根拠はない。
「記録に残せ。天空要塞の定期巡回を増やす。魔王城側も外縁警戒を維持」
記録官が筆を動かす。
西崖道、微細痕跡あり。
軍の通過痕なし。
魔王城方面接近、確証なし。
天空要塞、巡回増加。
魔王城外縁警戒、維持。
現魔王は、地図の上の天空要塞を見た。
空は、まだ生きている。
◆ 避ける者
高山の風が、崖道を叩いていた。
雲が谷を覆い、遠くの要塞の影を半分隠している。
岩陰を、四つの影が進んでいた。
足音はほとんどない。
火は焚かない。
声も低い。
荷は少ない。
旗はない。
馬もいない。
鎧の音もない。
要塞は、遠く上に見えていた。
雲の切れ間から、火鏡塔の光が一瞬だけ見える。
影の一つが、小さく息を吐いた。
「……行かないのか」
別の声が答える。
「行く理由がない」
「見つかったら?」
「逃げる」
「雑だな」
「戦うよりましだ」
風が、会話の続きを奪った。
四つの影は、要塞へ向かわなかった。
門を破らない。
塔を落とさない。
司令官を討たない。
旗を立てない。
ただ、岩と雲と風の隙間を選んで進んだ。
過去の勇者なら、天空要塞を攻略した。
攻略しなければ、魔王城へ近づけなかったからだ。
だが、その四つの影は、勇者の道を歩いていなかった。
だから、要塞を落とす理由もなかった。
※第12話「空は異常なし」は全五回です。
続きます。
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