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勇者の条件  作者: KEI
第11話 拠点は落ちる、勇者はいない

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(四)火山で洪水

◆ 火山で洪水


深森拠点の陥落処理が終わらぬうちに、火山方面から異常報告が届いた。


火山拠点。


溶岩、排熱路、火山ガス、熱風、硫黄の谷。


通常の軍は、近づく前に崩れる。


水の精霊王の伝承が残る地域でもあった。


魔王軍は、かつて調査した。


水の精霊王、実在未確認。


古い堤、水路、雨乞いの祠、山腹の水溜まり。


記録には残した。


だが、火山拠点を直接脅かすものとは見なされていなかった。


その火山拠点から来た残存兵は、泥と火山灰にまみれていた。


鎧の隙間に黒い砂が入り、髪は濡れ、目は赤く焼けている。


彼は、会議室へ入るなり崩れ落ちた。


「火山拠点、機能不全」


竜将が目を見開く。


「何だと」


「司令官、戦死。外縁防衛線、流失。排熱路に大量の水が流入しました」


竜将が怒鳴る。


「火山で洪水だと?」


残存兵は震えながら答えた。


「はい。上流から大量の水が押し寄せました」


「雨か」


「違います」


「水の精霊王か」


「確認しておりません」


会議室に、重い沈黙が落ちる。


残存兵は続けた。


「ですが、水が来ました」


死霊宰相が資料をめくる。


「古い堤の記録があった地域か」


吸血侯が言う。


「以前の調査では、現地に脅威となる堤は確認されていません」


残存兵が、かすれた声で言った。


「地形が変わっていました。山腹の崩落、古い水路跡、埋もれた石積み。人間側が何かを掘り返した可能性があります」


竜将が拳を握る。


「水の精霊王ではなく、土木か」


誰も答えない。


残存兵は続ける。


「山岳都市の工兵、火山周辺の領主兵、傭兵、水利技師と思われる者たちがいました。彼らも無傷ではありません。洪水後の火山地帯は不安定で、進軍不能。拠点は落ちましたが、その先へ進む軍はありません」


死霊宰相が地図を見る。


火山拠点の札が倒される。


しかし、魔王城へ向かう矢印は、また伸びなかった。


◆ 水の名はなかった


「水の精霊王はいなかった」


現魔王が言った。


吸血侯が答える。


「確認されていません」


「だが水は来た」


「はい」


「伝承の名は誤りでも、現象は残る」


死霊宰相が、筆を止めた。


竜将が苛立ったように言う。


「ならば、第六調査は誤りだったのですか」


「実在未確認という結論は変わらぬ」


現魔王は答えた。


「水の精霊王という存在は見つからなかった。今回も確認されていない。だが、伝承が指していたものが、水そのもの、堤、水路、山腹の貯水であった可能性はある」


吸血侯が静かに言う。


「人魚は確認されず、海路は開かれました。水の精霊王は確認されず、洪水は起きました」


「名ではなく、作用を見ろ」


現魔王は言った。


「だが、今はそれだけでは足りぬ。火山を落としたのは誰だ」


残存兵が答える。


「軍です。山岳都市の工兵、火山周辺の領主兵、傭兵、水利技師と思われる者たちです」


「勇者は」


「確認されていません」


「聖剣は」


「確認されていません」


「聖痕は」


「報告なし」


「中央神殿の旗は」


「ありません」


現魔王は目を閉じた。


深海。


深森。


火山。


すべて落ちた。


だが、勇者はいない。


竜将が低く言う。


「拠点を三つも失って、勇者がいないことに何の意味がありますか」


現魔王は目を開く。


「意味はある」


「陛下」


「過去の魔王は、拠点を落とされた後、そのまま勇者に玉座へ届かれた。少数が進み、拠点をつなぎ、守りを抜け、最後に魔王城へ来た」


地図には、倒れた三つの札がある。


だが、それをつなぐ一本の線はまだない。


「今回は違う。各軍は拠点を落とし、そして止まっている」


◆ 人間側の消耗


深海沿岸。


燃える船の残骸が、黒い波に揺れていた。


甲板では、負傷兵がうめいている。


帆は裂け、櫂は折れ、船腹には大きな穴が開いている。


沿岸国の指揮官が、血のついた外套を押さえながら叫んだ。


「内陸へ進む? この状態でか」


誰も答えない。


船大工たちは、沈みかけた船をつなぎ止めている。


漁村の水先案内人は、岩に腰を下ろして海を見ていた。


勝った。


だが、船団はぼろぼろだった。


指揮官は吐き捨てる。


「補給を立て直せ。次はその後だ」


深森の出口。


兵士たちは毒消しを求めて倒れていた。


足を引きずる者。


目を布で覆う者。


荷車を捨てる者。


地図を握りつぶす測量士。


疲れ切った猟師。


祈りを唱える地方神官。


誰かが言った。


「火山へ進むのは無理だ」


返事はない。


森の中で、すでに多くが残っていない。


別の兵が、かすれた声で言う。


「まず、森から出た者を数えろ」


火山地帯。


泥と蒸気が混ざっていた。


流された防衛線の残骸が、熱い泥に埋もれている。


人間側の工兵たちも倒れていた。


火山灰を吸い込んだ者が咳き込み、水に巻かれた者が震えている。


道はぐずぐずに崩れ、荷車は車輪を沈めて動けない。


山岳都市の工兵長が、泥まみれの腕を見下ろして言った。


「勝ったんじゃない」


そばにいた領主兵が顔を上げる。


工兵長は、崩れた火山道を見た。


「通れるようにしただけだ」


三つの戦場で、人間側は勝った。


そして、それぞれ止まった。



※第11話「拠点は落ちる、勇者はいない」は全五回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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