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勇者の条件  作者: KEI
第11話 拠点は落ちる、勇者はいない

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(二)人魚はいなかった

◆ 深海拠点


深海拠点は、南の魔王大陸沿岸に置かれた海の砦である。


海底の岩礁と、潮の流れと、魔族の水圧結界によって守られていた。


人間の船団は、近づくことすら難しい。


近づけば沈む。


沈まなければ、迷う。


迷わなければ、潮に砕かれる。


そういう拠点だった。


海魔将の副官は、濡れた報告書を卓に置いた。


「沿岸国、商船連合、海軍を持つ複数国が、ほぼ同時に動きました。正面からは船団。沿岸部からは陽動。さらに、海中側の旧門が開かれました」


死霊宰相が問う。


「旧門」


「深海拠点が作られる以前、海底採掘に使われていた入口です。記録上は封鎖済み。場所も潮流で埋もれ、人間が到達することは不可能と判断されていました」


竜将が低く唸る。


「ならば、なぜ開いた」


副官は歯を食いしばった。


「不明です」


吸血侯が身を乗り出す。


「人魚は」


「確認しておりません」


「水棲種族は」


「確認できませんでした。少なくとも、我らが知る水棲種族の痕跡はありません」


「勇者は」


死霊宰相が問う。


副官は首を横に振った。


「確認されていません。聖剣を持つ者、聖痕を持つ者、中央神殿の旗を掲げる者はいませんでした」


「敵の主力は」


「沿岸国の海軍。商船連合の雇い兵。漁村からの水先案内人と思われる者たち。ほか、船大工、潜水具を扱う職人の姿も確認されています」


竜将が苛立つ。


「漁村の水先案内人に深海拠点を落とされたというのか」


副官は返答できなかった。


現魔王が静かに問う。


「拠点中枢は」


「制圧されました。海魔将、戦死。水圧結界、停止。外海側の砲台は半数以上沈黙」


「人間側の損耗は」


副官は、そこでようやく顔を上げた。


「甚大です。船団の三割以上が沈没、または航行不能。上陸は可能になりましたが、即時の内陸進軍は困難と思われます」


死霊宰相が地図に印をつける。


深海拠点の黒い札が倒される。


しかし、その先へ伸びる矢印はない。


現魔王は地図を見つめた。


「拠点は落ちた」


誰も否定しない。


「だが進軍は止まった」


死霊宰相がうなずく。


「はい。人間側船団は補給再編を必要としています。魔王大陸沿岸への上陸は成功しましたが、内陸へ動く余力は限定的です」


竜将が拳を握る。


「落ちたことに変わりはありません」


「変わらない」


現魔王は答えた。


「これは敗北だ」


会議室が静まる。


「だが、勇者の連続突破ではない」


吸血侯が、ゆっくりと目を細めた。


◆ 人魚はいなかった


「人魚はいなかった」


現魔王が言った。


吸血侯が答える。


「確認されていません」


「勇者もいなかった」


「確認されていません」


「聖剣も、聖痕も、中央神殿の旗もない」


「はい」


「では、深海拠点を落としたのは軍だ」


竜将が、歯を食いしばって言う。


「軍に落とされているのですぞ」


「分かっている」


現魔王の声は冷えていた。


「だから、深海拠点の再奪還計画を立てる。海上補給を断つ。上陸した部隊を内陸へ進ませるな。沿岸砲台の残存魔族を集めろ」


死霊宰相が筆を動かす。


「しかし、陛下」


吸血侯が静かに言う。


「過去の勇者一行なら、深海拠点を落とした後、そのまま次の土地へ進んだ」


「そうだ」


現魔王はうなずく。


「拠点を落とし、次へ進む。深海から深森へ。深森から火山へ。火山から天空へ。そして魔王城へ。記録に残る勇者の道は、そのように伸びている」


竜将が地図を見る。


深海拠点の先に、まだ矢印はない。


「今回は、進んでいない」


「船団が止まっています」


死霊宰相が補足した。


「勝利はしたが、損耗が大きすぎる。補給を立て直すまで内陸へは進めません」


現魔王は言った。


「深海は落ちた。だが、勇者はいない」


記録官が、その言葉をすぐに書こうとして、手を止める。


現魔王は続けた。


「記録にはこう残せ。深海拠点、陥落。人魚、確認されず。勇者、確認されず。人間側船団、損耗甚大。内陸進軍、停止」


記録官が、今度は迷わず筆を走らせた。



※第11話「拠点は落ちる、勇者はいない」は全五回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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