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勇者の条件  作者: KEI
第10話 線が切れる

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(五)見えない線

◆ 見えない線


「これは勇者の一撃ではない」


現魔王が言った。


竜将が問う。


「では何です」


「軍の攻撃だ。だが、一国の軍ではない」


死霊宰相がうなずく。


「複数国の同時作戦です」


「問題は、誰が複数国を同時に動かしたかだ」


吸血侯が言う。


「勇者の一族は封じています」


「中央神殿も壊した」


「少なくとも、従来の勇者の経路ではありません」


「ならば、別の線がある」


現魔王は、長卓の上の札を見る。


勇者血族。


神託。


聖剣。


聖痕。


仲間。


出身地。


それらは封じている。


見張っている。


記録している。


それでも、人間側は動いた。


東の勇者候補ではない。


中央神殿の神託ではない。


聖剣を掲げた進軍ではない。


勇者の旗を立てた連合軍でもない。


それぞれの国が、それぞれの理由で、それぞれの近くの門を壊した。


だが、同じ夜に。


「我らは勇者を封じた」


現魔王の声は低い。


「神託を焼いた。聖剣を奪った。血筋を檻に入れた」


誰も口を挟まない。


「だが、人間どもはそれでも線を結んだ」


死霊宰相が、ゆっくりと記録する。


人間側、複数国間連携。


中心不明。


経路不明。


勇者経路外。


吸血侯が問う。


「灰色外套を再調査しますか」


竜将が顔をしかめる。


「またあれか」


現魔王は、すぐには答えない。


灰色外套。


活動報告途絶。


東方接近なし。


勇者血族接触なし。


中央神殿接続なし。


門破壊現場での目撃なし。


現場にはいない。


だが、線はある。


「灰色外套だけを追うな」


現魔王は言った。


「勇者の名を持たぬ者も含めて探せ。神官、商人、傭兵、密使、地方領主、書簡を運ぶ者。人間どもを結んだ線を探せ」


吸血侯が頭を下げる。


「は」


「ただし、東を薄くするな。勇者血族の檻は維持する。中央神殿の復旧も許すな」


「承知しました」


竜将が言う。


「ならば軍を出しましょう。各国を叩けば」


「中心が見えぬまま叩けば、ただ戦線が広がる」


現魔王は竜将を見た。


「こちらの線が切られた直後だ。広げるな」


竜将は歯を食いしばる。


だが、頭を下げた。


「御意」


◆ 優先順位


被害が出た以上、魔王は次の判断をしなければならなかった。


すべての門を同時には直せない。


修繕できる魔族は限られている。


部材も限られている。


移動できる経路も限られている。


転移門管理官が、震える手で候補を並べる。


東部中継門。


西部中継門。


北方補給門。


中央中継門。


沿岸監視門。


旧街道監視門。


国境補助門。


竜将はすぐに言った。


「東部を優先すべきです。東の勇者血族を封じている以上、東方線の遅れは許されません」


吸血侯は首を振る。


「中央中継門です。ここを戻さなければ、東西北の情報を束ねられません」


転移門管理官が言う。


「損傷の軽い門から修繕すべきです。重い門に専門魔族を割けば、全体の復旧が遅れます」


死霊宰相は数字を読む。


「北方補給門を失えば、北方軍の動きが鈍ります。西部中継門を失えば、西側の監視が遅れます」


意見は割れた。


どれも正しい。


だからこそ、すべては選べない。


現魔王は地図を見た。


赤い印。


消えた線。


残った線。


代替できる道。


代替できない道。


「中央中継門を最優先」


転移門管理官が筆を構える。


「次に東部中継門。勇者血族の封鎖線を鈍らせるな」


竜将が頷く。


「北方補給門は」


「三番目だ」


吸血侯が目を細める。


「西部中継門は」


「後回しだ」


「西の監視が薄くなります」


「代替通信で補え。伝令、鳥、密偵、商人道。使えるものは使え」


「監視門は」


「損傷の軽いものだけ直せ。重いものは後回しだ」


転移門管理官が青ざめる。


「よろしいのですか。西部中継線を後回しにすれば、西側の報告はさらに遅れます」


「知っている」


現魔王は答えた。


「だが、中央を失えば全体が遅れる。東を失えば勇者血族の檻が緩む」


死霊宰相が記録した。


復旧優先順位。


一、中央中継門。


二、東部中継門。


三、北方補給門。


四、軽微損傷監視門。


五、西部中継門。


六、その他補助門。


合理的な順番だった。


誰も、それを否定できなかった。


だが、合理的な順番は、すべてを救う順番ではない。


後回しにされた線では、報告が遅れる。


遅れた報告は、判断を遅らせる。


判断の遅れは、次の見落としになる。


現魔王は、それを理解していた。


理解していても、選ぶしかなかった。


◆ 線が切れる


夜が深くなっていた。


魔王城の戦略会議室には、まだ灯が残っている。


長卓の地図の上で、いくつもの転移ゲートの光が消えていた。


完全に失われたわけではない。


魔王大陸の本土門は残っている。


魔王城も、深森も、火山も、南方軍港も残っている。


壊された門も、いずれは直せる。


途切れた連絡も、別の道で補える。


だが、同時に切られたという事実は残った。


東部。


西部。


北方。


中央中継。


沿岸。


旧街道。


人間側大陸に張り出していた線が、ほぼ同じ時に切れた。


一国ではない。


一軍ではない。


勇者の旗もない。


聖剣もない。


神託もない。


それでも、人間側はつながっていた。


死霊宰相が言う。


「修復には時間がかかります」


現魔王はうなずいた。


「時間を奪われたな」


竜将が拳を握る。


「人間どもが、ここまで同時に動くとは」


吸血侯が静かに言う。


「誰かが、各国を結んでいます」


現魔王は地図を見つめる。


切られた線は見える。


だが、結ばれていた線は見えない。


見えない線が、人間側にある。


見えないまま、各国を動かした。


見えないまま、魔王軍の前線連絡を断った。


現魔王は言った。


「探せ」


「は」


「勇者の名を持たぬ者も含めて探せ。神官、商人、傭兵、密使、地方領主、書簡を運ぶ者。人間どもを結んだ線を探せ」


吸血侯が深く頭を下げる。


死霊宰相が記録する。


竜将が地図を睨む。


転移門管理官が、復旧表を抱えて走り去る。


現魔王は最後に言った。


「線を切られたままでは、次を見誤る」


魔王軍の転移ゲートは、すべてを失ったわけではなかった。


門は残っている。


石環も残っている。


鍵も、術式も、修繕できる。


だが、線は切れた。


その線を切った者たちは、同じ旗を掲げていなかった。


同じ名も持っていなかった。


同じ国に属してもいなかった。


それでも、同じ時に動いた。


魔王軍は、切られた線を見た。


だが、結ばれていた線の形までは、まだ見えなかった。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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