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勇者の条件  作者: KEI
第10話 線が切れる

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(一)灰色の報告が止まる

◆ 灰色の報告が止まる


魔王城、戦略会議室。


月次報告の日だった。


長卓の上には、対勇者戦略の札が並んでいる。


東の辺境、封鎖継続。


勇者血族、移動制限中。


中央神殿、神託機能停止。


聖剣、封印中。


導きの石、破壊済み。


天空要塞、異常なし。


深森本土門、異常なし。


火山本土門、異常なし。


記録官が淡々と読み上げる。


「対勇者戦略、主要項目に重大異常なし。東方勇者候補、移動なし。勇者血族、脱出未遂なし。中央神殿の勇者認定機能、復旧確認なし。聖剣庫、封印継続」


死霊宰相が、細い骨の指で報告書を整えた。


「東の封鎖は維持されています。勇者血族の村にも、大きな動きはありません。西方洞窟の封鎖再構築も、低級魔物中心ながら進行中です」


竜将が腕を組む。


「ならば問題はない」


現魔王は、すぐには答えなかった。


視線は札の上を動く。


出身地。


一族。


神託。


聖痕。


聖剣。


仲間。


それらは、いずれも監視下にある。


破壊できるものは破壊した。


封じられるものは封じた。


見張れるものは見張っている。


「西方灰色外套について」


西方報告官が、一枚の薄い紙を差し出した。


その紙は、他の報告書よりも余白が多かった。


死霊宰相が顔を上げる。


「追加報告か」


「いえ」


報告官は、少しだけ言葉を選んだ。


「追加報告がありません」


会議室の空気が、わずかに沈む。


竜将が眉をひそめた。


「ない?」


「はい。商人道、国境洞窟周辺、村間護衛、低級魔物討伐、いずれにも目撃なし。灰色外套の若者たちに関する報告は、ある時期を境に途絶えています」


吸血侯が、椅子の背から身を起こした。


「東へ向かった形跡は」


「ありません」


「勇者血族との接触は」


「確認されていません」


「中央神殿、聖剣、聖痕、神託との接点は」


「ありません」


竜将が鼻を鳴らす。


「死んだのではないか。傭兵まがいの連中なら珍しくもない」


報告官は否定しなかった。


「その可能性もあります」


現魔王は、灰色外套の札を見た。


西方村落自衛。


若年連絡役、詳細不明。


灰色外套、後発報告あり。


報酬制少数戦力の可能性。


勇者候補、非該当。


監視継続。


薄い札だった。


まだ勇者候補の列には置かれていない。


だが、完全に捨てられてもいない。


現魔王は言った。


「一度だけ詳細に調べろ」


竜将がわずかに顔をしかめる。


「陛下、そこまで」


「一度だけだ」


現魔王の声は静かだった。


「死体。装備。雇用記録。報酬の受け取り。商人の証言。村の噂。残っているものを拾え」


吸血侯が頭を下げる。


「すぐに」


「東へ向かったなら、見落とすな。勇者血族に近づいたなら、見落とすな。中央神殿の残党と接触したなら、見落とすな」


「は」


現魔王は札から目を離した。


「だが、灰色外套だけに引きずられるな。主戦場は東だ」


死霊宰相が記録する。


灰色外套、追加調査。


一度のみ詳細確認。


東方接近、勇者血族接触、中央神殿接点を重点確認。


警戒レベル、現状維持。


灰色の報告は、そこで一度だけ卓の中央に置かれた。


そしてすぐに、他の札の横へ戻された。


◆ 残っているものを拾え


西の商人道。


灰色の外套について、吸血侯の配下が聞き込みを行った。


商人は、荷台の紐を締めながら言う。


「灰色の外套? ああ、見たことはあるよ」


「いつだ」


「しばらく前だ。荷馬車を助けてもらった。魔物に襲われて、車輪が壊れてな」


「その後は」


「見てない」


「死んだと思うか」


商人は肩をすくめた。


「あの手の連中は、ある日ふっといなくなるもんだ。別の町へ行く。別の雇い主につく。危ない仕事を受けて戻らない。珍しい話じゃない」


「名は」


「一人はロアンとか呼ばれていた気もする。だが、俺が聞いた名かどうかも怪しい。灰色の連中、と呼んでいた者もいた」


「報酬は払ったか」


「払った。安くはなかった。高すぎもしなかったが、命を拾ったと思えば妥当だ」


別の村。


宿屋の女主人が、洗い物の手を止める。


「前に泊まったことがある。若い連中だったよ」


「冒険者か」


「そう見えたね。少なくとも、ただの旅人よりは腕が立った」


「傭兵か」


「傭兵というほど荒れてはいなかった。けど、ただで危ない仕事をする連中でもなかったよ。報酬はきっちり受け取った」


「評判は」


「悪くはない」


女主人は少し笑った。


「宿代を値切ったくせに、荷運びの婆さんを手伝っていた。妙な連中だったね」


「一団としてか」


「いや。たまたま見かけて、手を貸しただけじゃないかね。依頼書を出したわけじゃない」


国境洞窟近くの村。


老人たちは、互いに違うことを言った。


「西の大国へ向かったと聞いた」


「戦死したんだろう」


「貴族に雇われたんじゃないか」


「いや、そもそも同じ一団じゃなかったのではないか」


「灰色の外套なんて、旅人なら誰でも着る」


「だが、角笛を吹いた若いのと同じ連中だという話もあった」


「違うだろう。あの時は外套など着ていなかった」


噂は増えた。


だが、確証は増えなかった。


死体はない。


装備も出ない。


雇用主も分からない。


報酬を受け取った記録はある。


小さな人助けの噂もある。


だが、それらは同じ活動としては結びつかない。


危険な仕事には報酬を取る。


道端の困りごとには手を貸す。


その二つは、人間の村では同じ印象として語られる。


けれど、魔王軍の報告書では別の欄へ入る。


報酬制少数戦力。


個人単位の人助け。


村落自衛。


道案内。


治療。


剣の訓練。


同じ棚に置かれても、同じ束にはならない。


吸血侯は、夜まで報告を集めた。


そして、最後に短く記した。


灰色外套。


最後の目撃以降、姿なし。


東方接近、確認されず。


勇者血族との接触、確認されず。


中央神殿との接続、確認されず。


死亡、活動停止、または雇用主変更の可能性。


警戒上昇に足る根拠なし。



※第10話「線が切れる」は全五回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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