(一)従来の勇者は、だ
◆ 進捗表
魔王城、戦略会議室。
長卓の上には、対勇者戦略の進捗を示す札が並んでいた。
東の辺境、封鎖継続。
勇者血族、移動制限中。
中央神殿、神託機能停止。
聖剣、封印中。
導きの石、破壊済み。
人魚、水の精霊王、実在未確認。
天空要塞、監視網強化完了。
それぞれの札の下には、報告書が重ねられている。
逃亡未遂。
密書の捕捉。
古剣の押収。
神殿連絡網の監視。
低優先度調査の継続。
西崖道の定期巡回。
火鏡塔三系統化。
記録官が読み上げる。
「対勇者戦略、主要項目はいずれも機能しています。東の勇者候補の移動は確認されず。聖都への密書は捕捉。中央神殿の勇者認定機能は停止したままです」
死霊宰相が補足する。
「東辺境の封鎖は維持されています。勇者血族の移動は、現時点ですべて未遂。聖都側からの有効な救援も確認されていません」
竜将が満足げに言う。
「勇者は出ませんな」
現魔王は、すぐには答えなかった。
彼は長卓の札を見ている。
出身地。
一族。
神託。
聖痕。
聖剣。
仲間。
それらは、まだ完全に消えたわけではない。
だが、従来の勇者譚が示してきた道は、確かに塞がれつつある。
「従来の勇者は、だ」
竜将が黙る。
死霊宰相はうなずいた。
「未知の流れは、引き続き監視します」
「続けろ」
その時、扉が開いた。
西方報告官が入ってくる。
腕には、薄い羊皮紙の束を抱えていた。
東辺境や中央神殿の報告書に比べると、紙質も書式もまちまちである。
村の徴税記録の裏に書かれたもの。
小鬼斥候の短い報告。
商人道で拾われた噂の書き留め。
洞窟監視隊からの定型文。
西の報告は、いつも整っていない。
それだけ、西が対勇者戦略の主戦場ではないことを示していた。
報告官が頭を下げる。
「西の国境地帯より報告です」
竜将が、少し退屈そうに腕を組んだ。
西は、勇者の出生地ではない。
勇者血族の中心でもない。
中央神殿への道でもない。
ただ、国境を分断するために封鎖されている地域だった。
だが現魔王は、報告官を見る。
「読め」
報告官は羊皮紙を開いた。
◆ 西の間引き
「西の国境地帯。上位種移動後に発生した低級魔物の増殖は、各村の自警団、猟師、若者による間引きにより安定傾向」
死霊宰相が確認する。
「村が潰れるほどではないか」
「はい。被害は継続していますが、村落機能は維持されています」
小鬼隊長が前へ出た。
彼は東の封鎖にも関わっていたが、下級魔物の配置や検問、低級魔物の増減を扱う現場役でもある。
「以前より、魔物への対応が早くなっています。特に若い者が、スライムや小鬼、低級魔獣の動きを覚え始めているようです」
竜将が鼻を鳴らした。
「低級魔物に慣れたところで、勇者にはならん」
現魔王は小鬼隊長を見る。
「死者は」
「出ています」
小鬼隊長は答えた。
「ただ、逃げ帰る者も多い」
「逃げ帰る」
「はい。村に近い場所で討伐していますので、危険を感じると門まで戻るようです。失敗しても、すぐに全滅する距離ではありません」
竜将が言う。
「弱い魔物を相手に、村の周りで逃げ回っているだけでしょう」
小鬼隊長は少し迷った。
「はい。おおむね、その通りです」
竜将は満足げに黙る。
現魔王は、そこだけで終わらせなかった。
「どの程度、早くなっている」
小鬼隊長は報告書をめくる。
「初期は、低級魔物一体の討伐にも大人が三人から五人。負傷者多数。現在は、慣れた村では二人から三人で対応する例があります。若い者が囮になり、猟師が止め、鍛冶屋や自警団が仕留める、といった形です」
死霊宰相が記録する。
「組織化か」
「村ごとの差があります。まだ正式な部隊ではありません。自衛です」
吸血侯が細い指で卓を叩いた。
「自衛にしては、学習が早い村がある」
小鬼隊長はうなずく。
「低級魔物の種類が限られているためと思われます。同じ相手が繰り返し出るので、対処を覚えやすい」
竜将が言う。
「ならば、なおさら問題ではない。上級魔物を見れば散る」
現魔王は少し考えた。
「記録に残せ。だが優先度は低い」
記録官が書く。
西国境地帯。
低級魔物増殖、安定傾向。
村落自衛行動、増加。
若年層の討伐経験、増加。
勇者条件、該当なし。
低優先度監視継続。
低級魔物と戦える若者が増えた。
それだけでは、勇者候補の項目には入らなかった。
※第9話「灰色の報告」は全五回です。
続きます。
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