(五)従来の流れは、だ
## 従来の流れは
魔王城、戦略室。
対勇者戦略の進捗確認が行われていた。
記録官が読み上げる。
「東辺境封鎖、継続。中央神殿の勇者認定機能、停止。導きの石、破壊。人魚、水の精霊王、実在未確認。天空要塞、監視網強化。勇者血族、移動制限および支援者監視、進行中」
長卓には、それぞれの項目を示す札が並んでいる。
出身地。
一族。
神託。
聖痕。
聖剣。
仲間。
その周囲に、さらに多くの小札が増えていた。
東辺境封鎖。
中央神殿沈黙。
聖剣封印。
導きの石破壊。
特殊助力現存せず。
天空要塞強化。
血族移動制限。
竜将が満足げに言う。
「これだけ封じれば、勇者など出ようがありません」
死霊宰相も慎重に言った。
「文献上の勇者発生条件は、ほぼ押さえています」
吸血侯が補足する。
「少なくとも、東の血族から中央神殿へ至り、聖剣を受け、仲間と合流する従来の流れは断たれました」
現魔王は静かに聞いていた。
完全勝利とは言わない。
油断もない。
ただ、並べられた札と記録を見ている。
「従来の流れは、だ」
竜将が問う。
「まだ懸念が?」
「未知の流れは、未知である限り見えぬ」
死霊宰相がうなずく。
「監視を続けます」
「続けろ」
現魔王は言った。
「東は封じた。神殿は沈黙させた。聖剣は封じた。血筋は檻に入れた。だが、戦略は終わりではない」
吸血侯が言う。
「次の報告は」
現魔王は、地図の西を見る。
「西の報告も見たい」
竜将が少し眉を上げた。
「西ですか」
「監視は維持している」
「低優先度では」
「低優先度と、不要は違う」
死霊宰相が記録官へ合図する。
別の報告書が開かれた。
## 西の小さな報告
報告官が読み上げる。
「西の国境地帯。洞窟封鎖は維持。低級魔物の増殖は、人間側の間引きにより安定傾向。周辺村の困窮は継続」
死霊宰相が問う。
「強個体は」
「確認されていません」
「神殿、勇者血族、聖剣、聖痕に関する報告は」
「ありません」
「王国軍の動きは」
「国境周辺に小規模な偵察はありますが、大規模進軍の兆候はありません」
「では低優先度で監視継続」
報告官は、そこで一瞬迷った。
死霊宰相が顔を上げる。
「何かあるのか」
「ただ、村々で若い者が魔物退治に慣れ始めている、との報告があります」
竜将が言う。
「低級魔物の間引きだろう」
「はい」
報告官はうなずく。
「被害はあります。死者も出ています。ただ、低級魔物の間引きが以前より早い。村の自警団、猟師、若い冒険者らしき者が連携する例も出ています」
死霊宰相は帳簿を見る。
「困窮下の自衛行動だろう」
吸血侯が少し考える。
「名前の出ている者は」
「今のところ、特定名はありません。村ごとに違います。猟師の息子、鍛冶屋の弟子、薬師見習い、巡回神官の護衛など」
「組織化は」
「確認されていません」
死霊宰相は記録官を見る。
「記録に残せ。優先度は現状維持」
記録官が書く。
西国境地帯。
低級魔物間引き、安定傾向。
村落自衛行動、増加。
強個体なし。
勇者条件該当なし。
低優先度監視継続。
現魔王は、その報告を聞いていた。
「死亡率は」
報告官が答える。
「村によって差があります。低級魔物のみなら持ちこたえています。ただし、交易停止による困窮が続けば、別の被害が増える可能性があります」
「監視を続けろ」
「は」
竜将が軽く息を吐く。
「西は相変わらず、国境分断の範囲ですな」
現魔王は地図の西を見ていた。
「今は、そうだ」
その言葉だけが、記録には残らなかった。
## 檻
血筋は檻に入れられた。
勇者の一族は生きている。
家もある。
畑もある。
祈る場所もある。
古い剣も、古い歌も、古い誇りも、まだ完全には失われていない。
けれど、外へ出る道はない。
隣町へ向かう道は見張られた。
聖都への手紙は奪われた。
子どもを逃がす夜道には、魔物がいた。
勇者候補は、勇者候補のまま村に戻された。
殺されなかった。
だから、記録上の被害は軽微だった。
だが、外へ出られない血筋は、血筋でしかない。
現魔王の対策は、また一つ正しく機能した。
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