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勇者の条件  作者: KEI
第8話 血筋の檻

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(三)殺す命令は出ていません

◆ 見えている脱出


同じ夜。


村の外。


森側の古道に、小鬼隊長が立っていた。


足下には、湿った落ち葉。


背後には、狼型魔獣が二匹。


少し離れた木の上には、吸血侯の配下がいた。


影に溶けるような姿で、村を見ている。


小鬼隊長が小声で問う。


「本当に来ますか」


吸血侯の配下が答える。


「来る」


「なぜ分かるのです」


「三日前から、あの家の薪の量が増えていない。夜に火を焚く時間も短い。家の中の人数が、普段より少なく見えるように調整している」


小鬼隊長は、村の灯りを見る。


「薪で分かるのですか」


「閉じ込められた者は、外へ出る前に家の中を軽くする」


「軽く」


「荷を減らす。火を減らす。食事を減らす。寝る場所を変える。別れを済ませる者もいる」


小鬼隊長は黙った。


人間の家の火。


薪の量。


食事の匂い。


そんなものまで見ている。


小鬼隊長は、吸血侯の配下を横目で見た。


「怖いですね」


配下は笑わなかった。


「怖がらせるために見ているのではない。逃がさないために見ている」


やがて、草が揺れた。


少年と猟師が、古道へ出てくる。


猟師は年配の男だった。


弓を持ち、足音を殺している。


少年はその後ろを歩く。


緊張していた。


呼吸が浅い。


足取りが少し硬い。


それでも、振り返らなかった。


猟師が周囲を確認する。


森の影。


道の湿り。


風の向き。


だが、狼型魔獣が低く唸った。


猟師が止まる。


小鬼隊長が、木陰から前へ出た。


「止まってください」


猟師は弓を構えた。


少年が息を呑む。


小鬼隊長は首を振る。


「撃たない方がいいです。撃てば、後ろの魔獣が動きます」


猟師の指が震える。


弦は引かれたまま。


少年は短剣を握った。


小鬼隊長は少年を見る。


「あなたも抜かない方がいいです。死にます」


少年の目が、小鬼隊長を睨んだ。


恐怖よりも、悔しさの方が強い目だった。


小鬼隊長は、その目を見て少し困った顔をした。


彼は少年を殺すために来たのではない。


だが、逃がすために来たのでもない。


猟師は、ゆっくりと弓を下ろした。


少年は短剣を握ったまま動けない。


狼型魔獣が、また低く唸った。


脱出は、そこで終わった。


◆ 殺す命令は出ていません


少年と猟師は、村へ戻された。


連れていかれるのではない。


処刑されるのでもない。


村へ戻される。


そのことが、かえって村人たちの胸を締めつけた。


母親は少年を抱きしめた。


少年は何も言わない。


泣かない。


謝らない。


ただ、肩だけが震えている。


老女は目を閉じた。


神官は、密書が奪われたことを知って顔を青くする。


村人たちは、魔王軍が殺さなかったことに安堵した。


同時に、外へ出られないことを思い知らされた。


小鬼隊長が、命令書を開く。


声は大きくない。


だが、村の広場にいる者には十分聞こえた。


「村外への移動は禁止。聖都への連絡は禁止。古道の使用は禁止。違反が続けば、監視を強化します」


若い村人が叫んだ。


「殺せばいいだろ!」


小鬼隊長は顔を上げる。


若い村人は、怒りで顔を真っ赤にしていた。


「殺せよ! どうせ逃がす気なんかないんだろ!」


小鬼隊長は、少し困った顔をした。


「殺す命令は出ていません」


「じゃあ、どうしろって言うんだ!」


小鬼隊長は答えられなかった。


彼もまた、命令を実行しているだけだった。


村人を殺すな。


逃がすな。


連絡を止めろ。


情報を残せ。


小鬼隊長は、それを守っている。


それだけである。


若い村人は、さらに叫ぼうとした。


村長が肩を押さえた。


「やめろ」


「でも!」


「死ぬな」


村長の声はかすれていた。


「死んだら、何も残せん」


その言葉に、少年が顔を上げた。


夜の広場で、小鬼隊長は命令書を閉じる。


村は焼かれない。


誰も殺されない。


しかし、道は閉じている。


その夜、少年は自分の家へ戻った。


外へ出るために準備した服のまま。


短剣を持ったまま。


何も成し遂げられないまま。



※第8話「血筋の檻」は全五回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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