(一)血筋を檻に入れる
◆ 系図の部屋
魔王城、記録塔。
塔の内側は、石壁が見えないほど紙で埋まっていた。
人間の家系図である。
赤い糸。
黒い札。
細い書き込み。
婚姻。
養子。
分家。
神殿入り。
騎士団入り。
道場への入門。
薬師の家への奉公。
巡礼中の行方不明者。
勇者の一族とされる家系は、もはや一本の線ではなかった。
複数の村。
複数の神殿。
複数の小貴族。
道場。
薬師の家。
巡礼者の血筋。
歴代勇者の周囲にいた者たちの子孫。
勇者を助けた者。
勇者に剣を教えた者。
勇者を匿った者。
勇者へ古い道を教えた者。
そうした者たちまで含めると、線は蜘蛛の巣のように広がっていた。
死霊宰相が、その前に立っている。
「勇者血族と断定できる家系は三十二。関係家系は百を超えます。婚姻、養子、師弟関係を含めるなら、さらに広がります」
竜将が低く唸った。
「多すぎる。やはり、まとめて焼いた方が早いのでは」
現魔王は、系図から目を離さなかった。
「焼けば、残った者が散る」
「残さねばよい」
「人間は思ったより多い。血は思ったより薄く広がる。全てを殺すには、国を滅ぼす規模の戦になる」
竜将は口を閉じた。
死霊宰相が補足する。
「実際、完全な殲滅は非効率です。勇者血族かどうか曖昧な者も多い。殺害対象を広げれば、人間諸国の結束を招きます」
吸血侯が、壁の一角を指す。
「こちらは神殿入りした血族。こちらは騎士団へ入った者。こちらは母方から薄くつながる家。すべてを敵として扱えば、王都、聖都、地方貴族、村落が一気につながります」
竜将が不満げに言う。
「つながる前に斬ればよい」
現魔王が答える。
「つながりを知る前に斬れば、次にどこを見るべきか分からなくなる」
記録塔に、短い沈黙が落ちた。
魔王は、赤い糸の一本に指を触れた。
「血筋は、線だ」
その指が、別の札へ移る。
「線は、追える」
次に、枝分かれした複数の札を見る。
「だが、切れば散る」
竜将は何も言わなかった。
現魔王は静かに続ける。
「だから殺さない。囲う」
記録官が筆を構える。
「方針は」
現魔王は言った。
「血筋を檻に入れる」
記録官の筆が、羊皮紙に走った。
勇者血族対策。
殲滅ではなく封鎖。
殺害ではなく監視。
移動、連絡、婚姻、養子、神殿接触、師弟関係を記録。
血筋を檻に入れる。
◆ 小さな抵抗
死霊宰相が、封鎖後の報告を読み上げた。
「東辺境封鎖後、複数の家系で動きがありました。子どもの移動、聖都宛の密書、古剣の移送、神殿への使い、家系図の焼却、婚姻先への逃亡」
吸血侯が続ける。
「彼らは見ているだけではありません。古い手順に従って、勇者候補を外へ出そうとしている」
竜将が鼻を鳴らす。
「やはり危険ではありませんか」
現魔王は問う。
「成功した例は」
吸血侯が答えた。
「現時点ではありません」
死霊宰相が報告書をめくる。
「封鎖線が機能しています。主要路は塞がれ、獣道も巡回対象です。密書は三通、古剣は二振り、神殿への使者は五名捕捉しました」
記録官が、捕捉物を一覧にして読み上げる。
聖都宛書簡。
勇者血族の系図。
古剣。
旅装束。
薬袋。
家紋入りの小布。
神殿への寄進記録。
東辺境の外にいる親族の名。
現魔王は、その一つ一つを聞いていた。
怒りはない。
勝ち誇る様子もない。
ただ、情報として受け取っている。
「ならば、戦略は効いている」
竜将が満足げに息を吐く。
だが、魔王は続けた。
「効いている間に、次の動きを読む」
死霊宰相がうなずく。
「抵抗は続くと」
「続く。閉じ込められた者は、最初に道を探す。道がなければ、手紙を出す。手紙が止められれば、人を動かす。人が止められれば、物を隠す」
吸血侯が微笑む。
「物が奪われれば、記憶に逃がす」
現魔王は、吸血侯を見た。
「そうだ。だから殺すな。殺せば、記憶だけが残る」
竜将が眉をひそめる。
「記憶だけなら、脅威ではないのでは」
「記憶は、次に動く者を作る」
現魔王は系図を見る。
「血筋だけでは勇者にならぬ。だが、血筋を守ろうとする者たちがいる。その者たちの動きが、次の条件を見せる」
記録官が書いた。
勇者血族の抵抗、継続予測。
動きを封じつつ、支援線を把握。
殺害ではなく、情報化。
※第8話「血筋の檻」は全五回です。
続きます。
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