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勇者の条件  作者: KEI
第7話 空の目

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(三)姿ではなく、痕跡を見ろ

◆ 人ひとりなら通れる道


山岳斥候が、調査報告を持ってきた。


風に焼けた顔をした魔族だった。


背は低い。


翼もない。


だが、崖を歩くための鋭い爪と、細い足を持っている。


彼は地図の西側を指した。


「西崖に、人ひとりなら通れる古い道があります」


天空侯が問う。


「軍は」


「無理です。荷馬も通れません。負傷者を運ぶこともできません。途中に崩落箇所があり、風も強い」


竜将が言う。


「ならば道ではない」


山岳斥候は少し迷った。


「ただ、身軽な者なら……」


吸血侯が反応する。


「身軽な者なら?」


「通れる可能性はあります。ただし、途中で見つかれば逃げ場はありません」


天空侯は地図を見つめる。


「その崖道は、火山拠点側から見えるか」


「一部は見えます。しかし、雲の流れによって隠れます。尾根の影に入る時間もあります」


竜将が鼻を鳴らす。


「そこまで危険な道を、わざわざ通る者がいるか」


吸血侯は言う。


「見られたくない者は、危険な道を選ぶものです」


現魔王はしばらく考えた。


「定期確認対象に入れろ」


天空侯がうなずく。


「常時監視ではなく、巡回でよろしいですか」


死霊宰相が計算する。


「常時監視に回すには、人員と鳥型魔物が足りません。主要街道と北尾根を優先する必要があります」


現魔王は判断した。


「巡回でよい。ただし、痕跡があれば即時報告」


山岳斥候が頭を下げる。


「は」


記録官が書く。


西崖道。


軍事通行不可。


単独、または少数軽装者の通行可能性あり。


定期巡回。


痕跡発見時、即時報告。


魔王は、それを無視しなかった。


記録に残した。


監視対象に入れた。


ただし、常時監視にはしなかった。


それは、合理的な判断だった。


見えるものには限りがある。


目も、鳥も、魔族も、無限ではない。


ならば、濃く見る場所と、薄く見る場所を分けなければならない。


◆ 姿ではなく痕跡を見ろ


天空要塞の作戦室で、監視対象リストが作られた。


記録官が読み上げる。


「第一、勇者一行と推定される少数精鋭。第二、各国軍の山岳部隊。第三、飛行戦力。第四、神殿騎士団。第五、聖剣または勇者旗を掲げる集団。第六、魔法による隠蔽を用いる者」


現魔王は、そこで少し考えた。


「聖剣や勇者旗を掲げるとは限らない」


記録官が顔を上げる。


「修正しますか」


「修正しろ。装備や旗ではなく、行動を見る」


記録官が新しい行を作る。


現魔王は続けた。


「拠点を連続して突破した少数戦力。各国軍と同期して動く遊撃部隊。進路に迷いのない者。通常の山岳移動より速い者。補給線が不明な者。そうした特徴を加えろ」


吸血侯がうなずく。


「旗や装備で判断するなら、偽装は容易です。巡礼団、商隊護衛、山岳猟師、神殿の使い。少数であれば、いくらでも姿を変えられます」


「ならば、姿ではなく痕跡を見ろ」


「痕跡、ですか」


「移動速度。休息の間隔。補給の跡。危険な道を選ぶか、安全な道を選ぶか。負傷者を運ぶ余裕があるか。道を知っている動きか、迷っている動きか」


記録官が筆を走らせる。


装備や旗ではなく、移動の痕跡を優先。


補給、休息、速度、進路選択を記録。


天空侯が言う。


「山を歩ける者と、山を知らぬ者は足跡が違います」


「その違いを見ろ」


「はい」


竜将が腕を組む。


「そこまで見れば、勇者でも隠れられませんな」


現魔王は即答しなかった。


「隠れられぬようにするのだ」


その声は静かだった。


過信はない。


疑いもある。


だからこそ、仕組みを作る。


◆ 火鏡塔の実験


夕暮れ。


火鏡塔で、信号実験が行われた。


空は薄い紫に染まり、雲の下に火山の煙が見える。


塔の上で、鳥型魔物の調教師が合図を出した。


一つ目の火鏡が光る。


魔王城へ向けて、鋭い光が走った。


少し遅れて、魔王城の塔から返答の光が返る。


二つ目の補助塔が動く。


角度を変え、別の鏡が光を送る。


それにも返答が来る。


三つ目の緊急塔。


普段は使わない、司令官討伐時の自動警告用である。


風笛が鳴る。


鳴鳥が飛ぶ。


魔王城側から、三度目の返答の光が返った。


天空侯が報告する。


「三系統すべて接続確認。要塞司令官が討たれた場合でも、火鏡塔の自動警告が作動します」


現魔王はうなずく。


「よい」


竜将が誇らしげに言う。


「これで、誰も気づかれずには近づけません」


現魔王は、雲の下の谷を見た。


「そうあってほしい」


竜将は少しだけ黙った。


その言葉は、疑っているようにも聞こえた。


だが、現魔王は設備を疑っているのではない。


戦いに完全はないことを知っているだけだった。


調教師が、夜目の鴉を腕に止まらせている。


鴉の目は黒く、光をよく拾う。


「雲の流れが早い日は、谷底が一時的に見えなくなります」


天空侯がすぐ補足する。


「そのため、鳥を巡回させています」


現魔王はうなずく。


「見えぬ時間を記録しろ」


調教師が頭を下げる。


「は」


「見えなかった、で終わらせるな。いつ、どこが、どれほど見えなかったかを残せ」


「記録します」


天空侯も言う。


「巡回範囲に反映します」


魔王は、雲の影が谷を飲み込むのを見ていた。


見える。


だが、常にではない。


見えない時間はある。


ならば、その見えない時間すら、記録の中に入れる。


それが、空の目を作るということだった。



※第7話「空の目」は全四回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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