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勇者の条件  作者: KEI
第7話 空の目

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(二)司令官の武勇に拠点を預けるな

◆ 天空要塞へ


天空要塞は、雲の上にあった。


岩肌は黒く、ところどころに雪と氷が張りついている。


風は強い。


息を吸えば、肺の奥が冷える。


足下の石畳は凍り、要塞の壁には風除けの突起がいくつも設けられていた。


山頂には、巨大な火鏡塔が建っている。


磨かれた黒い鏡。


角度を変えるための歯車。


遠くの魔王城へ光を送るための装置。


空には、鳥型魔物が旋回していた。


夜目の鴉。


風読み鳥。


大翼の鷹魔。


彼らは雲の流れを読み、谷の影を見つめ、雪原に残る足跡を探す。


現魔王は、魔族用の転移門から天空要塞へ入った。


魔族だけが使える門である。


人間は使えない。


魔物の群れも通せない。


要塞の内側に直接出る、限られた者だけの通路だった。


天空侯が出迎える。


「ようこそ、陛下。空の目へ」


現魔王は、要塞の壁際まで歩いた。


そこから下界を見下ろす。


火山拠点から続く道が、細い線のように見えた。


谷。


尾根。


雪原。


橋。


崖。


遠くの火山から上がる煙。


それらが、雲の切れ間に見える。


「よく見える」


魔王が言った。


天空侯は答える。


「よく見えるものは、よく見られていることを忘れます」


現魔王は、わずかに口元を動かした。


「よい言葉だ」


天空侯は要塞内を案内した。


火鏡塔。


風笛の通信柱。


鳴鳥の巣。


夜目の鴉の飼育場。


谷底を照らす反射板。


雪道の足跡を読む斥候台。


山道を落とすための仕掛け橋。


岩陰へ魔物を誘導するための獣笛。


現魔王は、それらを一つずつ確認した。


ただ見ているのではない。


何が見えるか。


何が見えないか。


見えたものが、どれだけ早く魔王城へ届くか。


見つけた後、どれだけ足止めできるか。


それを確かめている。


天空侯は、それに気づいていた。


だから余計な誇示はしない。


「こちらが夜間監視台です」


「見えない時間は」


「雲と吹雪で、谷底が隠れることがあります。その時は夜目の鴉を飛ばします」


「鴉が飛べない日は」


「風読み鳥に尾根を取らせます」


「鳥が戻らぬ時は」


「谷に何かがいると判断します」


現魔王はうなずいた。


「よい」


天空侯は少しだけ息を吐く。


褒められている。


だが、それで終わりではないことも分かっている。


◆ 見えるものを増やす


天空要塞の作戦室。


壁一面に、山岳地帯の地図がかかっていた。


主要街道。


北尾根。


東谷。


西崖。


雪原。


崩れた橋。


古い猟師道。


魔物の縄張り。


斥候台。


鳥型魔物の巡回範囲。


天空侯が説明する。


「現在、主要監視対象は三つです。火山拠点からの街道、北尾根、東谷」


吸血侯が地図を見る。


「西の崖道は」


天空侯が答える。


「獣道程度です。人が通るには危険すぎる。軍は通れません」


現魔王が問う。


「軍は通れぬ。勇者は」


天空侯は少し黙った。


「過去に一度、斥候が通った記録があります。ただし戻っていません」


「ならば見る価値はある」


死霊宰相が、地図に印をつける。


竜将が言う。


「しかし、そのような獣道まで見れば、監視網が薄まります」


現魔王はうなずいた。


「すべてを同じ密度で見る必要はない。危険度に応じて層を作れ」


記録官が、強化案を書き始める。


主要街道は常時監視。


北尾根は昼夜交代で監視。


東谷は鳥型魔物による巡回。


西の崖道は定期確認。


雪原は足跡確認。


夜間移動に備え、夜目の鴉を増やす。


火鏡塔を二重化。


魔王城への信号を一本から三本へ増やす。


要塞司令官が討たれても、自動で警告が送られる仕組みを作る。


現魔王は、最後の項目を指した。


「これを最優先にしろ」


天空侯がうなずく。


「司令官討伐時の自動警告ですか」


「過去の勇者は、司令官を討つことで拠点を落としている」


「私が討たれても、警告が送られるようにします」


「そうしろ」


魔王は言った。


「司令官の武勇に拠点を預けるな」


竜将が少しだけ眉を動かす。


四天王級の将に向かって言うには、冷たい言葉だった。


だが、天空侯は怒らなかった。


むしろ、静かに頭を下げた。


「承知しました」


魔王は続ける。


「強い者が倒れる時、組織も倒れる。それを防ぐ」


天空侯は答えた。


「要塞は私ではありません」


「そうだ」


「空の目は、私が死んでも開いていなければならない」


「その通りだ」


作戦室の空気が少し変わった。


これは叱責ではない。


信頼でもある。


天空侯の強さを認めたうえで、その強さだけに依存しない仕組みを作る。


それが、現魔王の防衛だった。


◆ 天空侯の誇り


視察の途中、現魔王と天空侯は要塞の外壁に立った。


風が強い。


雲が足下を流れていく。


遠くに、魔王城が見えた。


黒い塔。


鋭い尖塔。


岩山に食い込むような城壁。


天空侯は、しばらく黙っていた。


やがて、口を開く。


「陛下は、私が討たれる前提で仕組みを作らせるのですね」


現魔王は答えた。


「お前が弱いからではない」


「分かっています」


「強い者が倒れる時、組織も倒れる。それを防ぐ」


天空侯は少し笑った。


「先代までなら、四天王にそのようなことは言いませんでした」


「だから先代までの魔王は、四天王が倒れた後、道を開かれた」


天空侯の笑みが消える。


「耳が痛い」


「痛いなら、まだ聞こえている」


天空侯は、風に翼を少し広げた。


高山の風を受けるための、細く強い翼だった。


「私は、この山で育ちました」


天空侯は言う。


「薄い空気も、雲の流れも、雪の匂いも、鳥の影も分かる。この要塞ほど、私に合った場所はありません」


「だから任せている」


「はい」


天空侯は、魔王城の方を見た。


「空の目、必ず機能させます」


現魔王はうなずく。


「期待する」


それ以上の言葉はなかった。


だが天空侯には、それで十分だった。



※第7話「空の目」は全四回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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