(一)魔王城への最後の道
◆ 魔王城への最後の道
魔王城、戦略室。
卓上に、南の大陸中央部を写した立体地図が浮かんでいた。
山脈。
火山帯。
深い谷。
毒沼。
黒い森。
そして、その中央に魔王城がある。
魔王城は、南の大陸の奥に築かれている。
北には、海から上陸するための海岸。
その先に、深森拠点。
さらに進めば、火山拠点。
そこを越えた先に、高山地帯がそびえていた。
その峰に、天空要塞がある。
名は天空。
だが、空に浮いているわけではない。
雲より高い峰に築かれた、高山要塞である。
魔王城の南側は絶壁だった。
東西もまた、深い谷と毒沼に阻まれている。
大軍が通れる道ではない。
軍事的な侵攻路は、実質的に北側の山岳ルートだけだった。
死霊宰相が、骨の指で立体地図をなぞる。
「魔王城へ至る軍事的侵攻路は、北側のみです。過去の勇者一行も、深海、深森、火山を経由し、最後に天空要塞を攻略しています」
竜将が腕を組んだ。
「つまり、深海で船を沈め、深森で迷わせ、火山で焼き、最後に天空で見つける」
「正確には」
低い声が続いた。
天空侯だった。
翼を持つ魔族である。
長身で、体は細い。
だが、細さは弱さではない。
高山の薄い空気と、鋭い風に適応した身体だった。
天空侯は静かに言う。
「見つけるだけではありません。見つけ、遅らせ、削り、魔王城へ報せる。それが天空要塞の役目です」
現魔王は、立体地図の中の天空要塞を見つめていた。
「過去の勇者は、なぜ天空要塞を攻略した」
死霊宰相が答える。
「索敵範囲が広すぎるためです。要塞を残したまま魔王城へ向かえば、進路、人数、補給、負傷状況が魔王城へ伝わります。さらに背後から追撃を受ける危険もある」
吸血侯が言う。
「勇者一行にとって、避けるという選択肢はあったはずです。しかし避けたところで、見つかれば終わりです」
現魔王はうなずく。
「だから攻略せざるを得なかった」
記録官が筆を動かす。
天空要塞。
魔王城最終防衛圏。
索敵、信号、遅滞、背後圧力。
現魔王は、地図の高山地帯に黒い駒を置いた。
「天空要塞を強化する」
竜将が満足そうに笑う。
「最後の目を潰されぬように、ですな」
「違う」
魔王は静かに返した。
「潰されても、見るためだ」
竜将の笑みが止まる。
天空侯も、わずかに目を細めた。
魔王は続ける。
「司令官が討たれても、塔が燃えても、壁が破られても、魔王城に知らせる。天空要塞は、勝つためだけの砦ではない。見つけるための目だ」
戦略室に、短い沈黙が落ちた。
その沈黙の中で、記録官の筆だけが動いていた。
◆ 空の目
天空侯が一歩前へ出た。
「天空要塞の役割は四つです」
立体地図の上に、四つの光が灯る。
第一、索敵。
北側の山道。
火山拠点から続く街道。
谷間。
尾根。
雪道。
雲の流れ。
そこを監視する。
第二、信号。
発見した情報を、火鏡、鳴鳥、風笛、魔術信号によって魔王城へ送る。
第三、遅滞。
侵入者を直接倒せなくても、道を落とし、橋を切り、雪崩を起こし、魔物を誘導して足止めする。
第四、背後圧力。
要塞を残して魔王城へ向かう者は、背後に敵を抱えることになる。
天空侯は言った。
「要塞は壁ではありません。目であり、耳であり、背に刺さる針です」
現魔王は、その言葉を聞いて小さくうなずいた。
「よい認識だ」
竜将が満足そうに腕を組む。
「ならば、ここを厚くすれば、勇者は来られませんな」
現魔王は即答しなかった。
立体地図の上で、山岳地帯の尾根が光を受けている。
その尾根の陰には、いくつもの谷がある。
「来られぬ、ではない」
魔王は言った。
「来るなら、ここで見つける」
記録官が書く。
天空要塞、索敵網強化。
魔王城接近前の発見を最優先。
死霊宰相が、古い攻略記録を卓上へ広げた。
「過去の天空要塞攻略記録です」
紙は古く、角が欠けている。
焼け跡があるものもあった。
「第七勇者。山岳の夜道より侵入。要塞司令官を討つ」
一枚。
「第八勇者。翼ある仲間と共に空中から侵入。火鏡塔を破壊」
二枚。
「第九勇者。吹雪に紛れて北尾根を突破。要塞主を討つ」
三枚。
天空侯が言う。
「いずれも少数部隊の侵入を許しています。軍ではなく、少数精鋭です」
吸血侯が補足する。
「勇者一行は、軍よりも小さい。だが、軍よりも深く刺さる」
現魔王は地図に赤い線を引いた。
正面街道。
北尾根。
空中経路。
吹雪に隠れる雪道。
「正面軍だけを見るな」
魔王は言った。
「少数の侵入を見ろ」
竜将が少し不満げに言う。
「少数まで見るなら、山全体を見る必要があります」
「見る」
「山全体を、ですか」
「勇者は少数で来る。ならば少数を見逃すな」
竜将は口を閉じた。
天空侯は、静かに頭を下げる。
「空の目を増やします」
※第7話「空の目」は全四回です。
続きます。
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