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勇者の条件  作者: KEI
第6話 存在しない助力

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(三)水の精霊王

◆ 水の精霊王


次に、火山拠点の資料が開かれた。


火山拠点は、南の大陸へ進む軍を焼き尽くすための防衛線である。


熱。


溶岩。


火山ガス。


排熱路。


焼けた岩盤。


炎に耐える魔物。


赤く光る堀。


通常の軍では近づけない。


過去の勇者譚には、水の精霊王の力によって火山の守りが鎮められたとある。


死霊宰相が読み上げる。


「火山拠点。勇者一行は、水の精霊王の加護を得て、炎の堀を越えた。火山は沈黙し、赤き道は水に覆われた」


竜将が呆れる。


「今度は火山を水で沈めたと」


火山伯が、不機嫌そうに口を開いた。


「火山拠点は水などで落ちません。仮に雨を降らせても、外縁の熱で蒸発します」


吸血侯が言う。


「ただ、過去の記録では、火山拠点が一時的に機能不全を起こしたことは事実のようです」


死霊宰相が補足する。


「火山拠点の司令官が討たれた時期と、火山周辺で大規模な水害が起きた時期が近い記録があります」


現魔王が目を細める。


「水害」


「ただし、勇者譚では水の精霊王の加護と表現されています。具体的な水源は不明です」


火山伯が腕を組む。


「火山周辺で水害など、珍しくもありません。雨季には斜面を水が走る。噴気で岩が割れ、沢が変わる。古い記録を大げさに読んでいるだけでしょう」


魔王は火山伯を見た。


「そうかもしれぬ」


火山伯は少しだけ表情を緩める。


だが、次の言葉でまた背筋を伸ばした。


「だが、調べる」


現魔王は命じた。


「水の精霊王を調べろ。召喚記録、契約、祠、祭具、精霊信仰、火山周辺の水害記録。すべてだ」


記録官が書き留める。


対象、水の精霊王。


火山周辺、精霊信仰。


水害記録。


堤、水路、井戸、雨乞い。


低地集落の口伝。


火山伯は不満そうだった。


だが、命令に異を唱えることはなかった。


◆ 火山地帯の祠


火山地帯。


赤い岩が広がっている。


ところどころから白い煙が上がり、硫黄の匂いが風に混じる。


地面は熱を含み、昼の陽光が落ちる前から空気が揺れていた。


魔王軍の調査隊は、火山周辺の村々を回った。


精霊祠。


古い井戸。


廃坑。


崩れた石積み。


水路跡。


干上がった川筋。


ただし、主目的は水の精霊王の実在確認である。


火山の麓に、小さな精霊祠があった。


大きな神殿ではない。


石を積み、屋根をかけ、木の桶に水を張っただけの場所だった。


祠の管理人は、日に焼けた男だった。


調査隊の問いに、彼は額の汗を拭きながら答える。


「水の精霊王を見たことは」


「王など見たことはない」


男は、桶の水を見た。


「ただ、水には祈る。火山のそばで暮らすなら、水を軽んじる者は死ぬ」


「召喚の記録は」


「そんな大層なものはない。雨乞いならある。井戸を守る祭りならある。山水を分ける取り決めならある」


「水の精霊王との契約は」


管理人は、少し笑った。


「王と契約できるほど、ここは立派な村じゃない」


調査隊は、祠の中を調べる。


古い木札。


水桶。


雨乞いの歌。


干上がった沢の名。


井戸の修理記録。


どれも、水に関わっている。


だが、精霊王の顕現を示す記録ではない。


「過去の勇者が来た記録は」


管理人は少し考えた。


「古い話ならある。火の山が荒れて、村が逃げた時、勇者が山へ向かったと。水が山を下ったとも聞く」


「水の精霊王が現れたのか」


「そう歌う者もいる」


管理人は、そこで首を傾げた。


「だが、私の祖父は、堤が切れたと言っていた」


「堤」


「変な話だろう。ここらに堤なんてねぇのに」


調査隊は記録する。


水の精霊王、実在確認なし。


古い水害記録あり。


堤、または水利施設の崩壊に関する口伝あり。


管理人は、調査隊の顔を見て言った。


「水は怖いぞ」


「火山で?」


「火も怖い。けど、水も怖い。高いところに溜まった水は、落ちる時に全部持っていく」


「水の精霊王の力か」


「そう呼ぶ者もいるだろうな」


管理人は、桶の水を指で揺らした。


「だが、石を積むのは人間だ。水を溜めるのも人間だ。流れてから祈っても、遅い」


調査隊はそれも記録した。


ただし、分類は水の精霊信仰の周辺口伝である。


◆ 精霊王調査報告


魔王城。


火山伯、死霊宰相、吸血侯、現魔王が報告を確認していた。


死霊宰相が言う。


「水の精霊王の実在は確認できません。召喚契約、顕現記録、神殿認定された精霊王信仰、いずれも不確かです」


吸血侯が補足する。


「火山周辺には水に関する小信仰が複数あります。井戸、雨乞い、温泉、水路、堤。ですが、精霊王という大きな存在に結びつく証拠はありません」


火山伯が言う。


「当然です。火山拠点の防衛線は、精霊の気まぐれで崩れるようなものではない」


現魔王は報告書を読む。


「水害記録は」


死霊宰相が答える。


「いくつかあります。古い堤、水路、山水の貯留施設が崩れたという口伝。ただし、現在の地形とは一致しない箇所が多く、詳細は不明です」


火山伯が言う。


「その手の水路はすでに枯れています。火山活動で地形も変わった。防衛線への影響はないでしょう」


魔王はしばらく考えた。


火山地帯の地図を見る。


赤い斜面。


黒い岩盤。


溶岩堀。


排熱路。


そして、古い水路跡と記された小さな線。


「調査は続けろ。だが、水の精霊王は確認されない」


記録官が書き留める。


水の精霊王、実在未確認。


火山周辺水利施設、低優先度で監視。


火山伯が頭を下げる。


「火山拠点は、排熱路と溶岩堀の点検を強化します」


「そうしろ」


現魔王は言った。


「存在しない助力を恐れて、戦力を割きすぎるわけにはいかぬ」


これは、合理的な判断だった。


水の精霊王は見つからない。


召喚記録もない。


契約もない。


神殿認定された顕現記録もない。


ならば、それを戦略の中心に置くべきではない。


ただし、監視は残す。


完全に捨てるのではない。


それが現魔王のやり方だった。



※第6話「存在しない助力」は全四回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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