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勇者の条件  作者: KEI
第6話 存在しない助力

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(二)人魚を探す

◆ 人魚を探す


北側大陸の沿岸部。


海沿いの村々に、魔王軍の密偵が入った。


商人として。


漂流者として。


薬売りとして。


網を買い付けに来た旅人として。


吸血侯の配下たちは、人間の中に紛れることに慣れている。


彼らは、酒場で聞く。


浜で聞く。


港で聞く。


古い祠の前で聞く。


「人魚を見たことは」


「人魚の歌を聞いたことは」


「過去の勇者が、この浜へ来た記録は」


漁師たちは警戒しながらも答える。


「人魚? 海の女神と混ざってる話だろ」


「昔話には出るが、実際に見たやつなんて聞いたことがない」


「勇者さまが近くの魔物を退治したって話ならある」


「それで漁に出られるようになったとか」


「人魚が礼をしたとか、海が道を開いたとか、そういう歌はある」


密偵は、その言葉を記録する。


海に近い村では、人魚そのものの目撃談は少なかった。


むしろ人魚伝説は、少し内陸に入った町で濃くなる。


宿場町では、人魚は美しい娘として語られた。


山道の村では、人魚は海底の王国から来た使者になった。


聖都に近い写本では、人魚は神の遣いとして描かれていた。


海から離れるほど、人魚は輪郭を持つ。


海で暮らす者ほど、人魚という名では語らない。


漁村に残る話は、もっと素朴だった。


勇者が浜の魔物を退治した。


その後、漁に出られるようになった。


海が道を開いた。


人魚が礼をしたとも言われる。


語る者によって、姿が変わる。


吸血侯の配下は、その違いを丁寧に記録していった。


人魚の目撃談。


海神信仰。


半魚人伝承。


勇者による沿岸魔物討伐。


漁の再開。


海が道を開いたという歌。


人魚からの返礼伝承。


記録は集まる。


だが、探しているものは見つからない。


人魚という種族。


人魚という協力者。


海底の門を開いた者。


その実在は、どこにも確認できなかった。


◆ 漁村の老人


ある漁村。


夕方の浜で、老人が古い網を繕っていた。


手の節は太く、皮膚は潮と日差しで硬くなっている。


吸血侯の配下は、旅の商人を装って隣に腰を下ろした。


「昔、この浜に勇者が来たそうですね」


老人は、網から目を離さずに答える。


「来たと聞いとる」


「見たのですか」


「わしが生まれる前だ」


「どのような話で」


老人は、破れた網目を直しながら言った。


「昔、このあたりは魔物だらけでな。船を出せば沈められた。浜にも出られんかった」


「勇者が魔物を退治した」


「そう聞いとる。勇者さまが魔物を退治してくれて、また漁ができるようになった」


密偵は少し身を乗り出す。


「人魚は」


老人は笑った。


「人魚ねぇ。そんなもん見たことはない。昔話にはよく出てくるがな」


「昔話」


「勇者さまがこの浜の魔物を退治してくれたって話だ。それでまた漁に出られるようになった。人魚が礼をしただの、海が道を開けただの、話す者によって違う」


「海が道を開く、とは」


「そういう歌が残ってるだけさ。年寄りの昔話だよ」


老人は、網を持ち上げた。


破れたところが直っている。


「海の話は、語るたびに姿を変える。魚の大きさと同じだ」


密偵は記録する。


過去の勇者、沿岸魔物を討伐。


漁村、漁を再開。


人魚、または海に関する返礼伝承あり。


人魚の実在確認なし。


老人は、ふと海を見た。


「ただ、勇者さまだけじゃ海は渡れんよ」


密偵の筆が止まる。


「どういう意味です」


「海は、陸の者だけで歩けるもんじゃない。潮を知らん者は沈む。岩を知らん者は腹を裂かれる。魚の道を知らん者は、船を出しても帰れん」


老人はそこで笑った。


「まあ、人魚に聞いた方が早いって歌もあるがな」


密偵は、その言葉も記録した。


だが、報告上は人魚伝承の周辺情報に分類される。


海で生きる者の知恵。


それは確かにある。


だが、魔王軍が探しているのは、人魚だった。


◆ 人魚調査報告


魔王城、分析室。


吸血侯が報告する。


「人魚の実在は確認できませんでした。古い海神信仰、半魚人伝承、波間の女神、海の乙女の歌は複数確認しましたが、現存種族としての人魚は見つかっておりません」


死霊宰相が、資料を重ねる。


「沿岸部には、海に関する返礼伝承が残る漁村があります。過去の勇者が漁村の魔物を討伐し、その後、海が道を開いた、あるいは人魚が礼をしたと語られているようです」


吸血侯が続ける。


「また、人魚伝説は漁村よりも、少し内陸へ入った地域の方が濃く残っています」


竜将が言う。


「では、人魚は内陸の者が作った飾り話ではありませんか」


吸血侯は肩をすくめた。


「その可能性は高いでしょう。海から遠い者ほど、人魚をはっきり語る。海に近い者ほど、勇者が魔物を退治した、海が道を開いた、という程度に留まる。情報源としては、漁村側の伝承の方が正確と思われます」


海魔将が自信を持って言う。


「深海拠点周辺の海域は、今や我らの支配下です。素潜りの人間が到達できる場所はすべて監視しています」


現魔王は黙って聞いている。


「海底洞窟の位置は」


吸血侯が答える。


「複数の候補があります。いずれも現在は魔物の縄張り、または崩落しています」


死霊宰相が言う。


「人魚の存在確認には至らず。深海拠点攻略に直結する助力は現存しない、と判断できます」


魔王は、すぐには結論を出さなかった。


海図を見る。


沿岸の村。


岩礁。


海底洞窟。


深海拠点。


そして、記録の中に何度も現れる人魚の名。


「海に近い者ほど人魚を語らず、海から遠い者ほど人魚を語る」


魔王は静かに言った。


「ならば、人魚は後世の神秘化である可能性が高い」


死霊宰相がうなずく。


「漁村側の伝承を、より信頼できる一次情報として扱いますか」


「そうしろ。ただし、漁村にも誇張はある」


魔王は海魔将を見る。


「人魚は確認されない。だが、海に関する返礼伝承は残る。沿岸部の監視を続けろ」


海魔将が頭を下げる。


「は」


現魔王は続けた。


「人魚がいなくとも、人間が人魚の代わりをした可能性はある。深海拠点の入口周辺を再点検しろ」


海魔将の表情が引き締まる。


「ただちに」


竜将は、少しだけ目を細めた。


人魚はいない。


それで終わりにしてもよかった。


だが魔王は、そこでは終わらせない。


伝承の形は否定する。


しかし、伝承の底にある何かまでは否定しない。


それが、現魔王の厄介さだった。



※第6話「存在しない助力」は全四回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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