(一)存在するなら見つける
◆ 存在するなら見つける
魔王城、分析室。
黒い石の長卓には、深海拠点と火山拠点に関する記録が並べられていた。
深森拠点に関わる導きの石は、すでに砕かれている。
石は失われた。
祠も壊された。
文献に記された深森攻略の道は、断たれた。
次に調べるべきは、過去の勇者が四拠点を越える際に得たとされる、別の助力だった。
死霊宰相が、焦げ跡の残る写本を開く。
「深海拠点。過去の勇者一行は、人魚の助力を得て海底の門を開いた、とあります」
竜将が鼻で笑った。
「人魚など、吟遊詩人の飾りでしょう」
死霊宰相は別の記録を開く。
「火山拠点。過去の勇者一行は、水の精霊王の力により、炎の守りを鎮めた、とあります」
竜将はさらに呆れた顔をする。
「次は精霊王ですか」
現魔王は、竜将を責めなかった。
その反応も当然ではある。
人魚。
水の精霊王。
勇者譚の中では、それらは美しく語られる。
歌に乗り、絵巻に描かれ、神殿の写本では光をまとっている。
だからこそ、飾りだと切り捨てたくなる。
だが、魔王はそうしなかった。
「存在しないと決めるのは、調べた後だ」
竜将が口を閉じる。
魔王は続けた。
「人魚が存在するなら、見つける。水の精霊王が存在するなら、契約の痕跡を探す。存在しないなら、存在しないと確認する」
吸血侯が微笑む。
「調べる価値がないものは」
「調べた後に決める」
記録官が筆を走らせる。
特殊助力調査。
対象、人魚。
対象、水の精霊王。
現魔王は、卓上の地図を見た。
南の海。
深海拠点。
火山帯。
火山拠点。
「勇者譚の飾りを笑うな。飾りの下に、事実が残る」
その言葉に、死霊宰相が静かにうなずいた。
人間の記録は飾る。
神殿は奇跡として書く。
吟遊詩人は美しく歌う。
だが、完全な無から歌は生まれない。
そこに何かがあったから、形を変えて残っている。
現魔王は、それを知っていた。
だから、調べる。
信じるためではない。
恐れるためでもない。
不確かなものに、形を与えるためである。
◆ 深海拠点
死霊宰相が、南の海図を広げた。
北の大陸から南の大陸へ渡る海路。
その途中に、深海拠点がある。
地図上では、ただの海域に見える。
だが、そこには水中と沿岸を支配する魔王軍の防衛線が築かれていた。
海竜。
水棲魔族。
深海の魔物。
潮流を乱す結界。
岩礁に偽装された砲台。
夜だけ浮かび上がる監視塔。
深海拠点が残る限り、各国の船は南の大陸に近づけない。
海魔将が報告する。
「深海拠点は健在です。沿岸国の小艦隊が一度接近しましたが、すべて沈めました。人間の船で拠点へ近づくことは不可能です」
現魔王が問う。
「海底側は」
海魔将は、わずかに表情を変えた。
「海底洞窟や旧水路は封鎖済みです。深海の圧に耐えられる人間などいません」
死霊宰相が言う。
「過去の記録では、人魚が海底の門を開いたとされます」
海魔将が笑った。
「人魚など確認されておりません。少なくとも、我らが海を支配してからは」
「確認されていないことと、存在しないことは違う」
海魔将の笑みが消えた。
「失礼しました」
「調査しろ」
現魔王は命じた。
「沿岸部、漁村、古い海神信仰、半魚人伝承、水中呼吸の術、海底洞窟の口伝。すべて調べろ」
海魔将は深く頭を下げる。
「は」
竜将が腕を組む。
「そこまで調べますか」
「深海拠点が破られた記録がある」
「それは過去の話です」
「過去に起きたことは、形を変えてまた起きる」
魔王は海図の上に指を置いた。
「同じ形で来るとは限らぬ。だから、まず過去の形を知る」
記録官が、命令をまとめていく。
深海拠点周辺。
人魚伝承。
海底門。
沿岸口伝。
漁村調査。
現存確認。
※第6話「存在しない助力」は全四回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




