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勇者の条件  作者: KEI
第5話 導きは砕かれた

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(四)そして、歌を残した

◆ 石を砕く


魔王城の中庭。


黒い石台の上に、導きの石が置かれている。


空は曇っていた。


城壁の上を、冷たい風が抜ける。


死霊宰相が確認する。


「破壊してよろしいですか」


現魔王はうなずく。


「破壊しろ」


竜将が前に出る。


「我が砕きましょう」


現魔王は止めなかった。


竜将が大剣を抜く。


大きな影が、石台の上に落ちる。


導きの石は、動かない。


光らない。


震えない。


ただ、そこにある。


竜将の大剣が振り下ろされた。


黒い石が砕ける。


乾いた音が、中庭に響いた。


石の中に組み込まれていた細い金属片も折れる。


小さな皿が割れる。


死霊術師が破片を確認した。


「機能停止」


記録官が書き留める。


導きの石、破壊。


深森拠点攻略補助具、無力化。


現魔王は言う。


「祠は」


吸血侯が答えた。


「現地に残っています」


「破壊しろ」


小鬼隊長が、少しだけ顔を上げる。


現魔王は続けた。


「石が祀られていた場所に、同種の道具や記録が残るかもしれない。念のためだ」


それは抜け目のない判断だった。


石だけではなく、石が置かれていた場所も調べる。


同じものがあるかもしれない。


記録が隠されているかもしれない。


祠そのものに意味があるかもしれない。


だから壊す。


村にとって、それが何であるかとは別に。


命令は短く記された。


導きの石祠、破壊。


同種物品、記録、痕跡、調査。


◆ 祠を壊す


再び、森の入口の村。


祠の前に、小鬼隊長が立っていた。


周囲には村人たちが集まっている。


遠巻きに。


誰も近づけない。


小鬼兵たちが槍を構えている。


村長は目を閉じていた。


若い村人は怒りで震えていた。


「やめろ」


その声は震えている。


だが、確かに前へ出た。


「それは俺たちの守り石の祠だ」


小鬼兵が槍を向ける。


小鬼隊長は命令書を握っている。


彼は一瞬、若い村人を見た。


それから祠を見た。


石を抜かれた祠は、空だった。


けれど、村人たちにとっては空ではなかった。


そこには、誰かが森へ入る前に祈った記憶がある。


帰ってきた者が礼を言った記憶がある。


戻らなかった者のために、花を置いた記憶がある。


小鬼隊長は、それを正確には理解できなかった。


だが、軽いものではないとは分かった。


それでも命令は明確だった。


祠を壊す。


小鬼兵が、石の屋根を落とす。


鈍い音がする。


木の柱が折れる。


古い縄が切れる。


積まれていた石が崩れる。


村人の誰かが泣いた。


若い村人が飛び出そうとする。


村長が腕をつかむ。


「やめろ」


「でも!」


「死ぬな」


村長の声は低かった。


「死んだら、何も残せん」


小鬼隊長は、その言葉を聞いた。


何も残せん。


彼は記録板に視線を落とす。


祠、破壊完了。


村人、抵抗未遂。


死者なし。


魔王軍の記録には、そう残る。


村は焼かれない。


人は殺されない。


だが、村にとって大切なものは砕かれた。


被害は軽微と記される。


村人の胸に残ったものは、軽微ではなかった。


◆ 歌は残る


祠が壊された夜。


村は静かだった。


誰も広場に出ない。


誰も声を荒げない。


村は負けた。


だが、村は残った。


村はずれの老婆の家に、泣いている子どもがいた。


老婆は、子どもを膝に乗せている。


子どもは、しゃくり上げながら言った。


「祠、なくなっちゃった」


老婆は、子どもの髪を撫でる。


「そうだね」


「石も」


「石もね」


「もう森から帰れないの?」


老婆は少しだけ笑った。


「石は助けてくれる。でも、森は石だけで歩くもんじゃない」


子どもは涙を拭く。


「じゃあ、どうするの」


老婆は、森の方を見た。


夜の森は黒い。


月は雲に隠れている。


星は見えない。


老婆は低く歌い始めた。


「朝は苔石、昼は白樺、夕は沢音、夜は星なし」


子どもは、何度も聞いた歌を知っていた。


涙で震えながらも、一緒に口ずさむ。


「赤い沢には足を入れるな」


老婆が続ける。


「三つ倒れた木を越えたら戻れ」


子どもが続ける。


「鳥の声が消えたら右へ行くな」


老婆は、最後にゆっくり歌った。


「黒い石には急かされるな」


子どもは鼻をすすった。


「黒い石、なくなったのに?」


老婆は、子どもの背を撫でる。


「歌は、すぐにはなくならないよ」


「祠はなくなった」


「そうだね」


「石もなくなった」


「そうだね」


「でも、歌は?」


老婆はうなずく。


「覚えているなら、残っている」


子どもは、涙を拭いた。


もう一度、小さく歌う。


「朝は苔石、昼は白樺……」


老婆は、それを聞いていた。


祠は壊れた。


石は砕かれた。


だが、歌は残った。


それは記録ではない。


命令書ではない。


術式でもない。


ただ、誰かが誰かに聞かせるものだった。


◆ 成功報告


魔王城。


死霊宰相が報告する。


「導きの石、破壊完了。祠も破壊済み。森周辺の関連村落は監視下に置いています」


吸血侯が補足する。


「村人は生存。反発はありますが、即時の脅威ではありません」


竜将が満足げに言う。


「これで深森拠点は抜けられませんな」


死霊宰相が慎重に言う。


「少なくとも、過去の勇者譚に記された方法は封じました」


現魔王はうなずいた。


「それでよい」


彼は地図を見る。


東の辺境は封じた。


中央神殿の神託は焼いた。


聖剣は奪った。


導きの石は砕いた。


対勇者戦略は、一つずつ成果を出している。


現魔王は言う。


「次は、深海だ」


吸血侯が問う。


「人魚の調査ですね」


「そうだ。存在するなら見つける。存在しないなら、存在しないことを確認する」


記録官が筆を取る。


対勇者戦略、第三段階。


導きの石、破壊完了。


深森拠点攻略経路、遮断。


次期調査対象。


深海拠点、および人魚。


その夜、導きの石は砕かれた。


石が祀られていた祠も壊された。


村は焼かれなかった。


人も殺されなかった。


だから魔王軍の記録には、被害軽微と書かれた。


深森拠点攻略に必要な導きの石は失われた。


過去の勇者が森を抜けた方法は、これで封じられた。


現魔王の対策は、また一つ正しく機能した。


ただし、導きとは、石だけを指す言葉ではなかった。


森を知る者の足取り。


沢の音を聞き分ける耳。


苔むした岩を覚える目。


子どもに歌われる古い旋律。


そうしたものもまた、人を森の奥へ導く。


だが魔物にも、魔族にも、生活の中に歌として道を残す習慣は薄かった。


だから彼らは、石を砕いた。


祠を壊した。


そして、歌を残した。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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