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勇者の条件  作者: KEI
第5話 導きは砕かれた

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(三)黒い石には急かされるな

◆ 村はずれの老婆


村の外れに、古い家がある。


屋根は少し傾き、戸口には干した薬草が吊るされていた。


縁側に、老婆が一人座っている。


魔王軍の気配にも、あまり怯えていない。


森の方を見て、低く歌っていた。


小鬼隊長は、聞き取りのために近づいた。


老婆の声が聞こえる。


「朝は苔石、昼は白樺、夕は沢音、夜は星なし」


小鬼隊長は足を止めた。


老婆は歌を続ける。


「赤い沢には足を入れるな」


声は細い。


けれど、不思議と森の霧によく通った。


「三つ倒れた木を越えたら戻れ」


小鬼隊長は眉をひそめる。


「何の歌ですか」


老婆は、小鬼隊長を見た。


目は濁っている。


だが、見えていないわけではなかった。


「森の歌だよ」


「森の情報ですか」


老婆は笑った。


「情報? 歌だよ。子どもに聞かせる歌さ」


「子どもに」


「森へ入るな、森をなめるな、森で泣くな。そういう歌だよ」


小鬼隊長は記録板を取り出した。


「もう一度、歌えますか」


老婆は少しだけ首を傾げる。


「魔物が歌を覚えるのかい」


「命令です」


「変な時代だね」


老婆は、また低く歌い始める。


「朝は苔石、昼は白樺、夕は沢音、夜は星なし」


小鬼隊長は書き留める。


朝は苔石。


昼は白樺。


夕は沢音。


夜は星なし。


「赤い沢には足を入れるな」


赤い沢、危険。


「三つ倒れた木を越えたら戻れ」


倒木三本、引き返し。


「鳥の声が消えたら右へ行くな」


鳥の声、消失時、右へ進行禁止。


老婆は、最後に少し間を置いた。


「黒い石には急かされるな」


小鬼隊長の筆が止まる。


「黒い石?」


「守り石さ」


「急かされるな、とは」


老婆は肩をすくめる。


「歌だよ。そう歌うのさ」


「意味は」


「急ぐなってことだろうね」


小鬼隊長は困った。


歌には、何か意味があるように聞こえる。


しかし、それは正式な記録ではない。


命令書でもない。


地図でもない。


術式でもない。


祠の銘でもない。


老婆の口から出る古い歌。


小鬼隊長は聞き取り記録に書いた。


村はずれの老婆、森の古歌を歌う。


森の目印、沢、倒木、鳥の声、黒い石に言及。


そう記した。


だが、それを導きの石と同じ重さで扱うことはできなかった。


小鬼隊長には、その根拠がなかった。


老婆は、もう一度森を見た。


「石を持っていくんだろう」


小鬼隊長は答えなかった。


老婆は小さく笑う。


「石は助けてくれるよ」


それから、少しだけ寂しそうに言った。


「でも、森は石だけで歩くもんじゃない」


小鬼隊長は、その言葉も記録に残した。


ただし、備考として。


重要事項ではなく、備考として。


◆ 導きの石


黒い布に包まれた石が、魔王城へ運ばれた。


魔王城、分析室。


現魔王。


死霊宰相。


吸血侯。


竜将。


小鬼隊長。


死霊術師たち。


長卓の中央に、導きの石が置かれる。


死霊術師が石を調べる。


細い針で表面をなぞる。


台座の裏を見る。


石に組み込まれた金属片を検分する。


魔力の流れを測る。


やがて、死霊術師は顔を上げた。


「強い魔力はありません。ですが、加工の痕跡があります。迷いの森で何らかの役割を果たす補助具である可能性が高い」


竜将が呆れたように言う。


「ただの石ではないか」


死霊宰相が答える。


「ただの石で迷いの森を抜けられるなら、ただの石ではありません」


現魔王は、導きの石を見る。


「過去の勇者は、これを使って深森拠点へ到達した」


吸血侯が言う。


「村の祠にありました。特別な警備もなく、比較的容易に回収できています」


竜将が笑った。


「人間どもは、重要物の管理が甘い」


現魔王は首を横に振る。


「あるいは、重要物だと理解していなかった」


死霊宰相がうなずく。


「村人にとっては守り石。神殿にとっては地方伝承。勇者譚においてのみ、深森攻略の鍵となる」


現魔王は小鬼隊長を見る。


「他に情報は」


小鬼隊長は報告書をめくる。


「祠、森の祭事、猟師の道、古い歌を確認しました」


「歌」


「村はずれの老婆が歌っていました。森の目印や沢のことが含まれているようでしたが、子どもに聞かせる古歌とのことです」


吸血侯が軽く言う。


「村の歌は数が多い。すべてを読み解くには時間がかかります」


死霊宰相も言う。


「現時点で、導きの石以上の優先度は認められません」


現魔王は少し考える。


「記録には残せ」


小鬼隊長がうなずく。


「はい」


現魔王は続けた。


「だが、優先するのは石だ」


記録官の筆が走る。


導きの石、深森攻略補助具。


回収完了。


村落古歌、記録済み。


優先対象、導きの石。


判断は合理的だった。


文献には導きの石の名があった。


祠には、その石があった。


過去の勇者は、石を得て森を抜けた。


ならば石を砕く。


対策として、それ以上に明確なものはなかった。



※第5話「導きは砕かれた」は全四回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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