(二)森の入口の守り石
◆ 森の入口の村
深森の手前にある村は、朝霧の中にあった。
森はすぐ近くにある。
木々は高く、幹は太く、葉は空を覆うように重なっている。
森の奥は、昼でも暗い。
村人たちは、その森を恐れていた。
同時に、その森から薪を得ていた。
薬草を得ていた。
獣を得ていた。
木の実を得ていた。
恐れながらも、頼っていた。
村の中央には、小さな祠がある。
立派なものではない。
石を積み、古い木の屋根をかけ、縄を巻いただけの祠だった。
中には、丸く磨かれた黒い石が祀られている。
石には、細い金属片のようなものが組み込まれている。
小さな皿の上で、それはときどき、かすかに震えた。
村人にとって、それは守り石だった。
森に入る者が、無事に戻れるように祈る石。
猟師は森へ入る前に、祠の前で頭を下げる。
薬草採りの女たちは、石に触れてから籠を背負う。
子どもたちは、森へ近づくなと叱られる時、いつも祠の前を通る。
その日、魔王軍が村に入った。
吸血侯の配下。
死霊術師。
小鬼隊長と、小鬼兵たち。
大軍ではない。
だが、村を制圧するには十分すぎる。
村人たちは家の中に隠れた。
戸の隙間から、震える目だけが外を見る。
若い村人が、鍬を握った。
村長がそれを止める。
「やめろ」
若い村人は振り向いた。
「祠を荒らされるぞ」
「勝てん」
「でも」
「命があれば、また祠は建てられる」
若い村人は歯を食いしばった。
「石は」
村長は答えられなかった。
答えられないまま、祠の方を見る。
村人たちの視線も、同じ場所へ向いていた。
隠しているつもりはない。
隠し方を知らない。
村にとって大事なものは、村の真ん中に置かれている。
それが、村だった。
◆ 祠と石
吸血侯の配下が、村長の前に立つ。
「導きの石はどこにある」
村長は一瞬、黙った。
小鬼隊長は周囲を見る。
村人たちの視線。
祠。
黒い石。
あまりにも分かりやすかった。
小鬼隊長が祠を指す。
「あれですか」
村長は深く息を吐いた。
「導きの石などと呼ぶ者もいる。だが、あれは森へ入る者の守り石だ」
吸血侯の配下が問う。
「森から戻るための石か」
「そう伝わっている。正確なことは知らん」
「誰が使い方を知っている」
村長は少し迷う。
「猟師なら、石を見る。森へ入る前に祈る者もいる。だが、祠から持ち出すことはめったにない」
「過去に持ち出した者は」
「昔の話なら、ある。勇者だか、旅人だか、神殿の者だか。年寄りの話では、森へ入るために石を借りた者がいたという」
小鬼隊長は祠へ近づいた。
黒い石は、台座の上に置かれている。
近づいても、強い魔力は感じない。
炎も出ない。
光も放たない。
ただ、静かにそこにある。
小鬼兵が不安そうに言う。
「魔術具ですか」
死霊術師が膝をつき、石を調べる。
「強い魔力反応はありません。ですが、加工の痕跡があります。自然石ではありません」
「何ができますか」
「不明です。ただ、迷いの森で何らかの役割を果たす補助具である可能性が高い」
小鬼隊長は首をかしげる。
「それだけですか」
死霊術師は石を見つめる。
「それだけ、とは限りません。迷いの森で迷わないなら、それだけで十分な機能です」
小鬼隊長は、それ以上は聞かなかった。
石は布で包まれた。
祠の中から取り出される。
村人たちの間から、小さな呻き声が漏れた。
若い村人が一歩踏み出す。
村長が腕をつかんだ。
「だめだ」
「持っていかれる」
「だめだ」
若い村人の腕が震えている。
小鬼隊長は、それを見ていた。
怒り。
恐怖。
悔しさ。
石がどれほど大切かは分かる。
だが、その価値が何であるかまでは分からない。
小鬼隊長は命令書を握り直した。
石を回収する。
それが命令だった。
※第5話「導きは砕かれた」は全四回です。
続きます。
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