(一)森は残す。道具を砕く
◆ 迷いの森の記録
魔王城、地下書庫。
中央神殿から奪った写本の一部が、黒い石の長卓に並べられていた。
焦げ跡の残る神託記録。
過去の勇者譚。
深森拠点に関する古い攻略記録。
神殿の写字生が命がけで守ろうとした紙片。
その中に、深森拠点の記録がある。
他の拠点に比べて、深森拠点に関する記述は曖昧だった。
地図は不完全。
経路は途切れている。
斥候の記録は、森の入口で終わっているものが多い。
森の名は、迷いの森。
記録には、こうある。
導きの石を持たぬ者、森に入るべからず。
導きの石なき者、森を出ることかなわず。
死霊宰相が、骨の指で記録の一節をなぞる。
「深森拠点の攻略記録は、ほぼすべて導きの石に触れています。過去の勇者一行は、導きの石を得て迷いの森を抜けたとされます」
竜将が腕を組んだ。
「森ごと焼けばよいのでは」
死霊宰相は首を横に振る。
「深森拠点は広大です。森全体を焼けば、こちらの拠点防衛にも影響が出ます。獣型魔物、植物型魔物、毒の霧、隠し道。すべて森を前提に配置されています」
吸血侯が補足する。
「森は敵でもありますが、防壁でもあります。焼けば、人間軍にも道ができます」
竜将は不満げに鼻を鳴らした。
「面倒な防壁だ」
「だからこそ有効なのです」
死霊宰相は、深森拠点の古い図を広げる。
図と呼ぶには、あまりに欠けている。
木々の記号。
崖。
沢。
何度も引き直された線。
そして、途中で途切れた道。
「過去の人間軍は、何度もここで道を失っています。拠点の存在は分かっていても、到達できない。到達できても戻れない。軍として動けば、行軍そのものが崩れる」
現魔王は記録を読んでいた。
声を荒げる者はいない。
魔王の目は、神託記録を読む時と同じだった。
信じているわけではない。
侮っているわけでもない。
ただ、敵が力を置いたものを、力として扱っている。
「ならば、森は残す」
現魔王は言った。
「道具を砕く」
死霊宰相が確認する。
「導きの石を探しますか」
「探す。導きの石が本当に必要なら、破壊すればよい」
竜将が満足げに笑う。
「石を砕くだけで勇者の道が消えるなら、安いものです」
現魔王は静かに返した。
「安いかどうかは、見つけてから判断する」
その言葉を、記録官が書き留めた。
深森拠点攻略補助具。
導きの石。
探索対象。
破壊候補。
◆ 村を殺すな
魔王城、作戦室。
東の辺境封鎖と中央神殿強襲の資料の横に、深森周辺の地図が広げられている。
森の入口に近い村々が、小さな印で示されていた。
いくつかは猟師の村。
いくつかは薬草を採る者たちの集落。
いくつかは、神殿からも王都からも遠い、ほとんど記録に残らない村だった。
その中の一つに、古い祠の記録がある。
吸血侯が報告する。
「森の周辺には、導きに関わる祠が複数あります。ただし、導きの石そのものが残っているかは不明です」
死霊宰相が続ける。
「過去の勇者譚では、森の入口の村で石を得たとあります」
竜将が言う。
「ならば村を制圧し、石を奪えばよい」
現魔王はうなずく。
「制圧はよい。だが殺すな」
竜将が、少しだけ顔をしかめる。
「またですか」
「まただ」
現魔王は、村の印を指す。
「村は生きていることに価値がある。祠、古い道具、言い伝え、祭事、森の入り方、過去に勇者へ協力した者の家系。村人は、それらを無自覚に持っている」
吸血侯が言う。
「村を焼けば、手に入るはずだった情報も失われる」
「そうだ」
小鬼隊長が控えめに口を開いた。
「では、威圧のみで」
「抵抗があれば制圧しろ。ただし、村長、神官、猟師、年寄りは特に生かせ。古いことを知っている者ほど価値がある」
記録官が書き留める。
深森周辺村落、制圧。
住民殺害、原則禁止。
祠、道具、口伝、祭事、重点調査。
竜将が低く問う。
「村人が石を隠した場合は」
「隠す者を見ろ」
「隠す者を?」
「石の価値を知る者だ。知らぬ者は隠せない。隠そうとする者は、石に近い」
吸血侯が薄く笑った。
「泳がせるのがお好きですね」
「泳がせるのではない。流れを見る」
現魔王は地図から目を離さない。
「我らは石を探す。村を滅ぼしに行くのではない」
それは慈悲ではない。
村を守るためではない。
村を情報源として残すための命令だった。
だからこそ、命令は徹底される。
※第5話「導きは砕かれた」は全四回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




