(五)順番が違う
◆ 順番が違う
長卓の上には、古い六つの札と、新しい六つの札が並んでいた。
古い札。
聖剣。
神託。
聖痕。
出身地。
一族。
仲間。
新しい札。
魔王に届いた剣。
歩き方を変えた物語。
後に意味を与えられた傷。
外へ出られた土地。
帰る場所だった家族。
足りないものを補った者たち。
竜将は、それをしばらく見ていた。
そして、拳を長卓に叩きつけた。
札が跳ねる。
小鬼の書庫番が、びくりと肩を震わせる。
「では、どうすれば正解だったのだ!?」
竜将の声が響く。
「東を封じた。血筋を封じた。神託を焼いた。聖剣を奪った。天空を見張った。仲間の合流まで警戒した。それでも足りぬと言うなら、何をすればよかった!」
誰もすぐには答えない。
吸血侯も、死霊宰相も、記録官も、黙っている。
竜将の怒りは、ロアンたちへ向けられたものではなかった。
人間への怒りでもなかった。
それは、自分たちが忠義を尽くした相手を失った者の問いだった。
どうすれば、魔王は死なずに済んだのか。
どうすれば、あの敗北を避けられたのか。
どうすれば、正しかったのか。
死霊宰相は、長い沈黙の後に答えた。
「それは、誰にも分かりませぬ」
竜将が睨む。
「分からぬ、だと」
「はい」
死霊宰相は、古い札を見る。
それから、新しい札を見る。
「ですが、間違いだったことだけは分かりました」
竜将は息を呑む。
死霊宰相は続ける。
「陛下の策が愚かだったのではありません。我らの調査が浅かったのでもありません。資料は集めた。伝承も調べた。神殿も、血筋も、聖剣も、聖痕も、仲間も、確かに見た」
吸血侯が静かに言う。
「見たものの順番を、取り違えた」
死霊宰相はうなずいた。
「はい。原因だと思ったものが、結果だった。条件だと思ったものが、後から名づけられた意味だった」
竜将は拳を握ったまま黙る。
死霊宰相は言う。
「正解は分かりません。ですが、少なくとも、同じ条件をもう一度封じても、同じように誰かが来る可能性はあります」
「ならば、何を残す」
竜将の声は低い。
死霊宰相は、記録官を見る。
「間違いを残します」
記録官が筆を取る。
死霊宰相は言った。
「我らは、勇者の条件を定義した。だが、それは勇者が生まれる条件ではなかった。勇者が歩いた後に、世界が与えた意味だった」
竜将は、長卓に置かれた札を見る。
かつて、それらは魔王を守るための鍵に見えた。
今は、少し違って見える。
竜将は、低く言った。
「陛下に、何と報告すればよい」
死霊宰相は目を伏せる。
「見ました、と」
吸血侯が続ける。
「そして、まだ分かりません、と」
小鬼の書庫番が、小さく言った。
「でも、次に同じ間違いをしないように、書きます、と」
竜将は何も言わなかった。
ただ、叩きつけた拳を、ゆっくりと長卓から離した。
◆ 勇者の条件と呼ばれたもの
記録官が、新しい羊皮紙を広げる。
題名は、かつてと同じだった。
勇者の条件。
だが、死霊宰相はしばらくその題名を見つめた。
そして、線を一本引く。
その下に書く。
勇者の条件と呼ばれたもの。
竜将が見る。
「弱い題名だ」
吸血侯が言う。
「正確です」
死霊宰相は記録する。
聖剣は、勇者の条件ではなかった。
魔王に届いたため、後に聖剣と呼ばれた。
神託は、勇者の条件ではなかった。
ロアンの歩き方を変えた物語が、後に神託と呼ばれた。
聖痕は、勇者の条件ではなかった。
手首の火傷が、後に聖痕と呼ばれた。
一部の絵巻では、既存の勇者像に合わせ、肩の印として描かれた。
勇者の町は、勇者の条件ではなかった。
ロアンがそこから出たため、後に勇者の町と呼ばれた。
勇者の一族は、勇者の条件ではなかった。
ロアンの家族が、後に勇者の一族と見なされた。
賢者、聖女、剣聖は、勇者の条件ではなかった。
ミルカ、エナ、ガルドが、後にそう呼ばれた。
死霊宰相は最後に書く。
我らは、原因と結果を取り違えた。
竜将は黙っている。
吸血侯も、何も言わない。
小鬼の書庫番だけが、静かにその文字を見ている。
やがて竜将が言った。
「この記録で、陛下は戻るのか」
誰も答えられない。
竜将も、答えを求めていたわけではなかった。
死霊宰相は、羊皮紙を丁寧に巻く。
「戻りませぬ」
「なら、何のために書く」
「陛下が、見ろと命じたからです」
竜将は黙った。
吸血侯が言う。
「見たものを残さねば、また同じものを見落とす」
小鬼の書庫番が、勇気を出すように言った。
「それに、これは魔王軍だけの記録では足りないと思います」
竜将が見る。
小鬼は肩をすくめた。
「人間側も、同じ間違いを始めています。条件を揃えれば勇者になる、と」
死霊宰相は頷く。
「写しを渡しましょう」
竜将が反発する。
「なぜ敵に渡す」
死霊宰相は答えた。
「敵ではなくなりつつあります。少なくとも、記録の上では」
竜将は不満そうにする。
吸血侯が言う。
「それに、人間側が次の勇者の条件を作れば、また誰かがそれを封じようとする」
死霊宰相はうなずいた。
「同じ間違いが、次の戦争を生む」
見ろ。
何を間違えたのか。
見たなら、次は同じ形で間違えない。
少なくとも、その努力をする。
それが、魔王が死んだ後に残された者たちの仕事だった。
※第40話「勇者の条件」は全七回です。
続きます。
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