(六)灰の一団のロアン
◆ 後の町
ずっと後。
ロアンの故郷には、立派な門ができている。
そこには、こう刻まれている。
灰の勇者ロアン生誕の町。
広場には像がある。
灰色の外套をまとい、聖剣を掲げるロアン。
実際のロアンより背が高く、表情は凛々しく、服はずっと整っている。
近くの案内板には、こう書かれている。
この地に生まれしロアンは、幼き日より聖痕を身に宿し、神託に導かれ、聖剣を手に魔王を討った。
さらに、ロアンの家系を示す図が飾られている。
そこには、後世の学者が推測した灰の勇者の一族が、整然と描かれている。
実際には分からないところまで、線が引かれている。
子どもが案内役に聞く。
「ロアン様は、生まれた時から勇者だったの?」
案内役は微笑む。
「そう伝えられています」
けれど、その始まりは、もっとずっと小さなものだった。
ロアンは、自分を勇者だと思っていなかった。
家族も、自分たちを勇者の一族だと思っていなかった。
村も、最初から勇者の町だったわけではない。
そこは、西の辺境の村だった。
スライムが出て、畑があり、雨が降れば道がぬかるみ、冬には薪が足りなくなる村だった。
そこでロアンは育った。
勇者としてではなく。
村の子どもとして。
家の仕事を手伝い、失敗し、戻り、また試した。
後世の像は、そのあたりをあまり語らない。
像は、泥のついた靴を履いていない。
薪割りで手を痛めた顔もしていない。
スライムに焼かれて泣いた顔もしていない。
それでも、人々は像を見る。
門をくぐる。
案内板を読む。
そして、灰の勇者ロアンの町だと言う。
名前は、そうして残っていく。
◆ 灰の一団のロアン
現在に戻る。
ロアンは、村の外れに座っていた。
ミルカが隣に来る。
「また考えてる」
「考えるよ」
「勇者の町?」
「うん」
エナも来る。
「村の人たちは、少し嬉しそうでした」
ロアンはうなずく。
「それが困る」
ガルドが来る。
「飯はうまかった」
ミルカが言う。
「あなたはいつもそこね」
「うまい飯は大事だ」
「否定はしないけど」
ロアンは、遠くの村を見る。
「灰の勇者って、誰なんだろう」
ミルカが言う。
「少なくとも、あんたを元に作られた誰かでしょうね」
「俺じゃないの?」
「全部は違う。でも、全部が違うわけでもない」
エナが言う。
「ロアンさんがいなければ、その名前もありませんでした」
ガルドが言う。
「なら、少しはお前だ」
ロアンは困ったように笑う。
「少しか」
ミルカがうなずく。
「少しでいいんじゃない」
「いいのかな」
「全部背負うよりはまし」
ガルドが言う。
「重いなら分ければいい」
エナが微笑む。
「灰の一団ですから」
ロアンは三人を見る。
ミルカ。
エナ。
ガルド。
そして、自分。
灰の一団。
最初から勇者の一行だったわけではない。
ただ、歩いてきただけだ。
戻って、聞いて、つないで、助けてもらって、また進んできただけだ。
ロアンは空を見た。
勇者ではない。
でも、灰の勇者という名前は生まれてしまった。
自分から少し離れた場所で、これから歩いていく名前として。
ロアンは小さく息を吐く。
「せめて、間違いすぎないようにしたい」
ミルカが言う。
「そこがロアンらしいわね」
ガルドが頷く。
「間違えたら戻せばいい」
エナも言う。
「戻れるところは、戻しましょう」
ロアンは少し笑った。
「うん」
遠くで、誰かがまた言っている。
勇者様。
灰の勇者。
魔王を討ったロアン。
ロアンは立ち上がる。
そのどれも、自分とは少し違う。
けれど、完全に自分と無関係でもない。
だから、歩くしかない。
灰の一団のロアンとして。
まだ勇者ではないと思いながら。
◆ 灰の勇者ロアン
勇者の町は、最初から勇者の町だったわけではない。
そこは、西の辺境の村だった。
スライムが出て、畑があり、雨が降れば道がぬかるみ、冬には薪が足りなくなる村だった。
勇者の一族は、最初から勇者の一族だったわけではない。
そこには、普通の家族がいた。
家の仕事をし、子どもを叱り、怪我を心配し、帰りを待っていた人たちがいた。
灰の勇者ロアンは、最初から灰の勇者だったわけではない。
彼は、灰の一団のロアンだった。
アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊。
長くて、地味で、記録しにくい名の中にいた一人だった。
だが、魔王を討った後、人々は短く、強く、覚えやすい名を求めた。
灰の一団のロアン。
灰のロアン。
灰の勇者ロアン。
名前は短くなり、意味は大きくなった。
完全な嘘ではなかった。
だが、本当のままでもなかった。
村は勇者の町になった。
家族は勇者の一族と見なされた。
ロアンは、灰の勇者として記録され始めた。
本人がそう名乗ったことは、一度もなかったのに。
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