(五)間違えない方がいい
◆ ロアンの条件
ロアンは、村長や高官、神官たちに条件を出した。
「村を助けるなら、村のみんなが暮らしやすくなるようにしてください」
高官は頷く。
「もちろんです」
「勇者の町として飾るためだけにしないでください」
神官が少し目を伏せる。
ロアンは続ける。
「家族を勝手に神聖な血筋にしないでください」
記録官が筆を構える。
「そして、スライムのことも、ちゃんと書いてください」
ミルカが横で言う。
「最後、大事だけど少し変ね」
ロアンは真剣である。
「大事だよ。書かないと変わるから」
ガルドがうなずく。
「書かないから変になる」
エナも言う。
「田舎神殿のこともそうでした」
高官は少し困る。
「しかし、すべてをそのまま書けば、伝承としての威厳が」
ロアンは言った。
「威厳より、間違えない方がいいです」
その言葉に、場が少し静かになった。
ロアンは勇者の伝承を作りたいわけではない。
立派にしてほしいわけでもない。
神聖にしてほしいわけでもない。
ただ、間違えないでほしいだけである。
剣をくれた鍛冶師の名。
古い物語を残した神殿。
スライムの火傷。
ミルカの普通の火の魔法。
エナの手の届く範囲。
ガルドの田舎道場と薬草。
そして、普通に暮らしていた家族。
どれも、勝手に大きな名前を与えられそうになっている。
ロアンはそれを全部止められるとは思っていなかった。
でも、最初の記録くらいは間違えないでほしかった。
記録官は、しばらく黙ってから言った。
「可能な限り、事実を併記します」
ミルカがすぐに言う。
「併記じゃなくて、事実を本文にして」
記録官は小さく咳払いをした。
「努力します」
「その言い方、もう信用できないのよ」
ロアンは少しだけ笑った。
それでも、言わないよりはよかった。
◆ 家族との夜
夜。
ロアンは家族と話した。
久しぶりの家の空気。
懐かしい食事。
狭い部屋。
低い天井。
魔王城よりずっと小さい。
でも、ロアンにはこちらの方が落ち着いた。
母が器を置く。
「大変なことになったね」
ロアンはうなずく。
「ごめん」
父が眉を寄せる。
「なぜ謝る」
「巻き込んだから」
母は少し笑った。
「子どもの頃から、何かしら持って帰ってきたでしょう。怪我とか、泥とか、変な虫とか」
「それとこれは違うよ」
父が言う。
「まあ、魔王は初めてだな」
ロアンは困ったように笑った。
母が少し真面目な顔になる。
「お前は勇者なのかい」
ロアンは首を横に振る。
「違うと思う」
「そう」
「でも、みんながそう呼ぶ」
父はしばらく黙っていた。
そして言った。
「呼ばれても、自分で間違えなければいい」
ロアンは顔を上げる。
父は続ける。
「村が変わっても、家が変わっても、お前が自分を間違えなければいい」
母もうなずく。
「勇者様になって帰ってきたなら、少しは偉そうにするかと思ったけどね」
「しないよ」
「なら、あまり変わってない」
ロアンは黙った。
その言葉は、少しだけ救いになった。
母が器を指す。
「食べなさい。冷めるよ」
「うん」
「魔王を倒しても、食事を残したら怒るからね」
ロアンは笑った。
「それも変わってない」
「変える必要がないものもある」
ロアンは、家の中を見回した。
低い天井。
古い棚。
傷のついた机。
いつもより多い客。
外には記録官や神官がいる。
村は変わり始めている。
でも、変わらないものもあった。
ロアンはその夜、久しぶりに少しだけ深く息を吐いた。
※第39話「灰の勇者ロアン」は全六回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




