(四)灰の勇者という名
◆ 血筋を探す者たち
それでも、人々は血筋を探した。
東の勇者血族が封じられていた以上、ロアンが魔王を討った事実は、既存の勇者観と合わない。
ならば、ロアンの血筋にも何かあるはずだ。
そう考える者は少なくなかった。
古い戸籍が調べられる。
村の墓が調べられる。
昔の旅人の記録が調べられる。
どこかで東の血族とつながっていないか。
中央神殿の失われた支流ではないか。
辺境へ流れた勇者の末裔ではないか。
だが、何も出てこない。
ただの村人の記録が続くだけである。
薪を割った者。
畑を継いだ者。
流行病で死んだ者。
隣村から嫁いできた者。
徴兵されて戻らなかった者。
川で足を滑らせた者。
牛に蹴られた者。
記録官の一人が言う。
「特別な血筋は確認できません」
別の者が言う。
「では、新たな勇者の血筋がここに始まったと見るべきでは」
そこにいたら、ロアンはきっと言っただろう。
始まってません。
だが、そう言っても、記録は完全には止まらない。
始まりがないなら、ここを始まりにすればいい。
古い血筋がないなら、新しい血筋にすればいい。
記録は、空白を嫌う。
人は、意味のない偶然を嫌う。
だから、何も出てこないことにさえ、意味が与えられそうになる。
辺境に隠されていた勇者の血。
神々があえて平凡な家に宿した勇者の資質。
民の中から現れた新たな系譜。
言葉はいくらでも出てくる。
ロアンの家族は、そんなものを望んでいなかった。
ただ、子どもが無事に帰ってきたことを喜びたかっただけだった。
それでも後世では、ロアンの家は灰の勇者の一族と呼ばれることになる。
本人たちが望んだかどうかとは別に。
◆ 灰の勇者という名
ロアンの呼び名も変わっていった。
最初は正確だった。
アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊、灰の一団のロアン。
長い。
次に短くなる。
灰の一団のロアン。
さらに短くなる。
灰のロアン。
魔王討伐者という情報が加わる。
魔王を討った灰のロアン。
そして、周囲が求める言葉に変わる。
灰の勇者ロアン。
ロアンは何度も否定する。
「勇者ではありません」
だが、人々は言う。
「正式でなくとも、魔王を討ったなら勇者です」
「灰の一団の勇者という意味です」
「灰色の外套をまとっていたから灰の勇者」
「火の聖痕を持つから灰の勇者」
「戦場の灰の中から現れたから灰の勇者」
意味が増えていく。
ロアンは言う。
「灰の一団の名前です」
ミルカが言う。
「たぶん、もう名前が独り歩きしてる」
ガルドが言う。
「灰は短いからな」
エナが言う。
「覚えやすいのかもしれません」
ロアンは頭を抱えた。
覚えやすい名前ほど、強い。
長くて正確な名前は、記録には残る。
けれど人の口には残りにくい。
短くて強い名前は、広がる。
正確でなくても、広がる。
ミルカが肩をすくめた。
「アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊のロアン、って毎回言う人はいないでしょうね」
ロアンは小さく言う。
「俺はそれでいいんだけど」
「世間は面倒な正確さより、言いやすい間違いを選ぶのよ」
エナが困ったように言う。
「間違いと言い切れないところが、また難しいですね」
ガルドが頷く。
「灰の一団ではある」
ミルカも頷く。
「魔王を討ったのも事実」
ロアンは顔を上げる。
「でも、勇者じゃない」
ミルカは少しだけ優しく言った。
「そこが、たぶん一番残りにくい」
ロアンは何も言えなかった。
※第39話「灰の勇者ロアン」は全六回です。
続きます。
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