(二)故郷
◆ 幼い日の話
記録官たちは、ロアンの幼少期を聞き取っていった。
村人たちは、悪気なく色々話す。
「危ない場所には近づかなかったな」
「スライム狩りでも、無理そうなら戻ってきた」
「戻るのが早いから、臆病だと思われたこともある」
「でも、次の日には別の道を試してた」
「家の手伝いが多くて、魔法の訓練は中途半端だった」
「ミルカの方がよっぽど魔法はうまかった」
「でも、困ってる人の話はよく聞いてた」
それらは村人にとって、ただの思い出である。
だが、記録官にとっては勇者の兆しになった。
無理をしない判断力。
撤退を失敗としない精神。
次の挑戦を考える粘り強さ。
民の暮らしを知る素朴さ。
仲間の力を認める器。
記録官は書く。
「幼きロアンは、すでに危険を見る目を持っていた。退くことを恥とせず、再び進む機を待った。これこそ、後の魔王討伐に通じる勇者の資質である……」
村人が言った。
「そんな大げさなもんじゃない」
別の村人もうなずく。
「危ないから戻ってきただけだろ」
「臆病って言われて、少し落ち込んでたぞ」
記録官は顔を上げる。
「勇者にも、己の弱さと向き合う時期が」
「落ち込んでただけだって」
「その後、翌日に別の道を試したのですね」
「まあ、そうだが」
「ならば、挫折を越えた」
村人は頭をかいた。
「言い方ひとつで、ずいぶん偉そうになるな」
近くにいた老婆が笑う。
「ロアンが聞いたら困るだろうね」
「困るだろうな」
「昔から困った顔はうまかった」
記録官が筆を動かしかける。
老婆が言った。
「それは書かなくていい」
しかし記録は整っていく。
普通だったものに、意味がつく。
ただの失敗に、兆しがつく。
ただの村の子どもに、勇者の幼少期という枠がかぶせられていく。
まだロアン本人は、そこにいなかった。
◆ 帰郷
ロアンは、故郷に帰った。
魔王討伐後、初めての帰郷である。
村の入口には、人が集まっていた。
最初は家族や知人だけだった。
だが、噂を聞いた近隣の村人、神官、商人、旅人まで来ている。
見慣れた道のはずだった。
畑の匂い。
土の匂い。
家畜の声。
雨が降ればすぐぬかるむ道。
ロアンが昔から知っている村だった。
それなのに、入口に立った瞬間、知らない場所に来たような気がした。
誰かが叫ぶ。
「勇者様だ!」
ロアンは立ち止まった。
「違います」
ミルカが横でため息をつく。
「第一声がそれなの、もう慣れてきたわ」
エナは少し笑う。
ガルドは荷物を担いだまま言った。
「飯はあるのか」
ミルカが見る。
「再会の第一声がそれでいいの?」
「腹は減る」
「間違ってはいないけど」
村人の一人がロアンに駆け寄る。
「本当に魔王を倒したのか」
ロアンは少し迷って答えた。
「みんなで倒しました」
「じゃあ、やっぱり勇者だ」
「違います」
「照れなくてもいい」
「照れてません」
「昔から、褒められると困った顔をしたからな」
「これは褒められて困ってるんじゃなくて、違うから困ってるんです」
近くで聞いていた子どもたちがざわめく。
「勇者様、困ってる」
「勇者様でも困るんだ」
ロアンはさらに困った。
ミルカが小声で言う。
「ほら、困った顔まで勇者要素になった」
「どうすればいいの」
「今のところ、何をしても変換されるわね」
家族が出てくる。
母が手を振る。
父は少し硬い顔をしている。
ロアンは少し安心した。
だが、家族の後ろには、記録官と神官と高官がいる。
ロアンはまた嫌な予感がした。
エナが静かに言う。
「ロアンさん、顔に出ています」
「たぶん、出るよ」
ガルドが村の中を見ながら言った。
「人が多いな」
ミルカが頷く。
「ここからが本番でしょうね」
ロアンは、帰ってきたはずの村で、なぜかまた戦いの前のような気持ちになった。
※第39話「灰の勇者ロアン」は全六回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




