(八)まだ隣にいる
◆ 後の姿
ずっと後。
講堂で、子どもたちが学んでいる。
教師が言う。
「灰の勇者ロアンには、三人の偉大な仲間がいた」
子どもたちは、壁に掛けられた絵を見る。
一枚目の絵。
灰の賢者ミルカ。
長衣をまとい、静かな瞳で杖を掲げている。
その周囲には複雑な魔法陣が浮かび、黒い魔王城の術式を一撃で砕いている。
教師は語る。
「灰の賢者ミルカは、魔王の術式を一撃で破壊する対魔王特化術式を編み出した」
子どもたちは感嘆する。
絵の中のミルカは、実際のミルカより、だいぶ落ち着いていて、だいぶ神秘的である。
だが、実際のミルカは言っていた。
普通の火の魔法です。
二枚目の絵。
癒やしの聖女エナ。
白い衣をまとい、両手を広げている。
光が降り注ぎ、倒れた兵たちが一斉に立ち上がる。
その目は遠い未来を見通しているように描かれている。
教師は言う。
「聖女エナは未来を見通し、傷ついた者をすべて救った」
子どもたちは息を呑む。
絵の中のエナは、実際のエナより、だいぶ自信に満ちていて、だいぶ万能に見える。
だが、実際のエナは言っていた。
全部見えていたわけではありません。
手の届く範囲だけです。
三枚目の絵。
神速の剣聖ガルド。
少年の姿の彼が、鳥のように断崖を跳んでいる。
片手には剣。
もう片方の手には、なぜか光る薬草。
教師は声を張る。
「神速の剣聖ガルドは、幼き日より千尋の崖を駆け、風より速く薬草を摘んだ」
子どもたちは目を輝かせる。
また別の絵では、ガルドが魔王の腕を一瞬で斬り落としている。
実際には浅い傷だった。
だが、絵では魔王の腕が大きく飛んでいる。
だが、その始まりは、もっとずっと小さなものだった。
ミルカは、分からないものは分からないと言う魔法使いだった。
エナは、全部は無理ですと言いながら、必要な分だけ癒した見習い神官だった。
ガルドは、届くな、と言って首をかしげた田舎道場の剣士だった。
そして、薬草はただ薬草だった。
◆ まだ隣にいる
現在に戻る。
ロアンたちは、臨時本陣の外に出た。
記録官たちはまだ書いている。
神官たちはまだ議論している。
騎士たちはガルドを見ている。
魔法学院の使者は、ミルカに声をかける機会をうかがっている。
中央神殿の神官は、エナを見ている。
ロアンはため息をついた。
「みんな、遠くに連れていかれそうだ」
ミルカが言う。
「勝手に連れていかれる気はないわよ」
エナがうなずく。
「私も、まだすることがあります」
ガルドが言う。
「飯は一緒に食うだろ」
ロアンは少し笑った。
「それはそう」
ミルカが言う。
「じゃあ、遠くないでしょ」
エナも微笑む。
ガルドは歩き出す。
「腹が減った」
ミルカが言う。
「さっきからそれ言う機会を待ってたでしょ」
「腹が減っていたからな」
「正直でよろしい」
ロアンは三人を見る。
賢者。
聖女。
剣聖。
そう呼ばれ始めた三人。
けれど、今そこにいるのは、伝説の誰かではない。
言い合いをするミルカ。
心配そうに笑うエナ。
腹が減ったと言うガルド。
遠い名前をつけられても、三人はまだ隣にいた。
◆ 賢者、聖女、剣聖
賢者は、最初から賢者だったわけではない。
ミルカは、ロアンの親友だった。
田舎から一緒に出て、基礎を繰り返し、派手ではない魔法を磨いた魔法使いだった。
魔王の術を破った独自の秘術など、本人は使っていない。
普通の火の魔法を、必要な場所へ細く通しただけだった。
聖女は、最初から聖女だったわけではない。
エナは、中央に呼ばれなかった地方神殿の見習いだった。
全部を救えるわけではないと知りながら、手の届く人を見ようとした神官だった。
剣聖は、最初から剣聖だったわけではない。
ガルドは、田舎道場の剣士だった。
毎日剣を振り、必要なら崖を上って薬草を取っていた男だった。
それを特別な修行だとは思っていなかった。
けれど、魔王を討った後、人々は彼らをそのままにはしておけなかった。
勇者の仲間には、勇者の仲間にふさわしい名前が必要だった。
だから、呼び名が変わった。
魔法使いは賢者に。
見習い神官は聖女に。
田舎剣士は剣聖に。
完全な嘘ではなかった。
だが、本当のままでもなかった。
それでも、ロアンにとって彼らは、伝説の仲間ではなかった。
言い合いをするミルカ。
心配そうに笑うエナ。
腹が減ったと言うガルド。
遠い名前をつけられても、三人はまだ隣にいた。
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