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勇者の条件  作者: KEI
第38話 賢者、聖女、剣聖

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(七)引っ張られる名前

◆ 引っ張られる名前


しかし、呼び名は勝手に広がるだけではない。


利用しようとする者も出てくる。


中央神殿は、聖女エナを自分たちの権威に組み込みたい。


魔法学院は、賢者ミルカを講師や象徴として招きたい。


騎士団や道場は、剣聖ガルドの名を自分たちの流派につなげたい。


アークガルム王国は、灰の一団全体を自国の功績として記録したい。


ミルカはそれを見抜く。


「呼び名がつくと、引っ張られるわね」


ロアンが聞く。


「どこに?」


「偉い人たちの都合のいい方に」


エナが不安そうに言う。


「断れるでしょうか」


ガルドが言う。


「嫌なら断ればいい」


ミルカが答える。


「それで済めば楽なんだけどね」


「嫌なのに断れないのか」


「断るにも理由とか形式とか相手の顔とかが絡むのよ」


ガルドは少し考える。


「面倒だな」


「そう言ってる」


ロアンが言う。


「じゃあ、断る時はみんなで断ろう」


ミルカが見る。


「また雑にまとめたわね」


「だめ?」


エナが少し笑う。


「でも、一人より心強いです」


ガルドが頷く。


「四人で断ればいい」


ミルカはため息をつく。


「交渉としては雑だけど、気持ちは分かる」


呼び名は、ただの飾りではない。


つけられた名前は、本人をどこかへ連れていこうとする。


賢者。


聖女。


剣聖。


それぞれに期待される場所があり、役目があり、利用したい者がいる。


ロアンは、それが少し怖かった。


魔王との戦いとは違う怖さだ。


斬れない。


避けきれない。


でも、気づかないうちに距離を変えられていく。


◆ 三人の選択


三人は、それぞれ自分の呼び名との距離を決めることになった。


ミルカは、賢者と呼ばれることを嫌がった。


だが、魔王城の術式や転移ゲート修理、結界の後始末には彼女の知識が必要になる。


逃げきれない。


だからミルカは言った。


「賢者じゃないけど、分かる範囲は手伝う」


記録官は感心したように頷く。


「賢者と呼ばれても謙虚に」


「だから、賢者じゃない」


「分からぬものは分からぬと言える賢者」


「分からないものは分からないの。当たり前でしょ」


ロアンが少し笑う。


ミルカが睨む。


「笑わない」


「ごめん」


ミルカは必ず付け加える。


「分からないものは分からない」


それが、彼女の誠実さだった。


そして誰かが言う。


「魔王の術式を一撃で破った賢者でも、分からぬものは分からぬと言うのか」


ミルカは返す。


「だから、一撃で破ってない。普通の火の魔法」


訂正は続く。


だが、記録の方はなかなか戻らない。


エナは、聖女と呼ばれることを嫌がった。


だが、負傷者や捕虜の治療現場から離れることもできない。


中央神殿に担がれるより、目の前の人を見ることを選ぶ。


「聖女ではありません。でも、怪我人がいるなら見ます」


その姿が、さらに聖女らしいと記録されてしまう。


エナは困る。


「なぜでしょう」


ミルカが言う。


「否定と行動の相性が悪いのよ」


「どうすれば」


「怪我人を見捨てる以外に回避策がない」


エナは首を横に振る。


「それは無理です」


「でしょうね。だから詰み」


エナは困ったまま、でも治療に向かう。


ガルドは、剣聖と呼ばれてもあまり気にしていなかった。


ただし、勝手に道場や流派の名前を使われることには首をかしげた。


「俺の剣は師匠に教わった。なら、師匠の名前を書け」


そう言う。


彼にとって、自分が剣聖かどうかより、田舎道場の稽古が消える方が問題だった。


崖を上って薬草を取った話も、本人には大した話ではない。


だが周囲はそこに意味を見る。


「断崖を駆けた神速の修行」


ガルドは言う。


「薬草だ」


「しかし、その薬草採りが足腰を」


「薬草だ」


「険しい岩場を駆け抜け」


「薬草だ」


ミルカがうなずく。


「ガルドの方が訂正が強いわね」


ロアンが言う。


「言葉が短いからかな」


「たぶんね」



※第38話「賢者、聖女、剣聖」は全八回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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