(六)三人の呼び名
◆ 三人の呼び名
記録官が、仮の記録を読み上げた。
「灰の勇者ロアンは、三人の偉大な仲間を伴っていた」
ロアンがすぐに言う。
「灰の勇者じゃありません」
記録官は続ける。
「魔王の術式を一撃で破った対魔王火術の創始者、灰の賢者ミルカ」
ミルカが即座に言う。
「普通の火の魔法」
「癒やしと未来視を備えた聖女エナ」
エナが困ったように言う。
「未来視ではありません」
「断崖を駆け、薬草を求めて鍛えた神速の剣聖ガルド」
ガルドが言う。
「薬草は取ってた」
ロアンは三人を見る。
「全部、少しずつ違うね」
ミルカが答える。
「少しじゃない」
エナが小さくうなずく。
ガルドは首をかしげる。
「薬草は本当だ」
ミルカが言う。
「だから、そこじゃないのよ」
ロアンは申し訳なさそうにする。
「ごめん。俺のせいで、みんなまで」
ミルカが言う。
「ロアンのせいじゃないわよ」
エナがうなずく。
「誰かのせいというより、みんなが意味を探しているんだと思います」
ガルドが言う。
「意味が多いな」
ミルカが答える。
「多すぎるのよ」
ロアンは記録官たちを見た。
怒るべきなのか、止めるべきなのか、困るべきなのか。
たぶん、全部だった。
ミルカは賢者ではない。
エナは聖女ではない。
ガルドは剣聖ではない。
少なくとも、本人たちはそう思っていない。
けれど、周囲はもうそう呼び始めている。
ロアンだけではなかった。
物語は、仲間たちにも手を伸ばし始めていた。
◆ 本人たち
ロアンは、三人が伝説の名前で呼ばれ始めることに違和感を覚えた。
ミルカは賢者ではなく、幼なじみだ。
小さい頃から一緒にいて、言い合いをして、怒られて、助けられてきた。
面倒なことを面倒だと言いながら、結局は必要なことをやってくれる魔法使いだ。
エナは聖女ではなく、地方神殿で出会った見習い神官だ。
不安そうにしながらも、誰よりも人を見ていた。
全部は無理ですと言いながら、必要な分だけ戻してくれた。
ガルドは剣聖ではなく、田舎道場の剣士だ。
速すぎるくせに、自分の強さを分かっていない。
崖を上って薬草を取っていたことも、本人にとっては特別な修行ではない。
必要だからやっていただけだ。
ロアンにとっては、その方がずっと大事だった。
ロアンは言う。
「賢者とか聖女とか剣聖とか言われると、遠くなる気がする」
ミルカは少し黙った。
エナも目を伏せる。
ガルドは考えてから言う。
「遠くには行かないだろ」
ロアンが見る。
「そう?」
「呼び名が変わっても、歩く距離は変わらない」
ミルカが少し笑う。
「たまにいいこと言うわね」
ガルドは首をかしげる。
「いつも言ってる」
「それは違う」
「違うのか」
エナが微笑む。
そのやり取りで、ロアンは少し安心した。
呼び名は変わるかもしれない。
周囲は勝手に遠い名前をつけるかもしれない。
でも、三人は今もここにいる。
言い合いをするミルカ。
心配そうに笑うエナ。
腹が減ったら腹が減ったと言うガルド。
ロアンの隣にいるのは、伝説の仲間ではない。
いつもの三人だった。
※第38話「賢者、聖女、剣聖」は全八回です。
続きます。
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