(五)田舎道場
◆ ガルドの場合
最後に調べられることになったのは、ガルドだった。
魔王に傷を入れた剣士。
魔王の魔力刃を斬り払い、ロアンの道を開いた剣士。
反応が速すぎて、記録官たちには動きがよく分かっていない。
腕利きの騎士たちですら、その剣筋を目で追いきれなかった。
記録官が問う。
「ガルド殿の流派は?」
ガルドは答えた。
「田舎道場」
記録官は少し待った。
ガルドも待った。
沈黙が落ちる。
記録官が言う。
「正式な流派名は」
ガルドは考える。
「道場の名前ならある」
「奥義は」
「普通に斬る」
記録官は困る。
「普通に斬って、魔王に届いたのですか」
「届いたな」
「どのような修行を?」
ガルドは少し考えた。
「毎日振った」
「他には?」
「そういや、毎日崖上って薬草は取ってたな」
記録官の筆が止まる。
「崖を?」
「道場の裏に崖がある。上の方に薬草が生える。師匠が腰を痛めると取りに行った」
「毎日ですか」
「毎日ではないな。必要な日は毎日だ」
ミルカが小声で言う。
「それ、普通じゃないから」
ガルドは首をかしげる。
「薬草は上にあるだろ」
ロアンが言う。
「上にあるからって、普通は毎回登らないと思う」
ガルドは少し考える。
「でも、薬草がいるなら登るだろ」
記録官はすでに書いている。
幼少より断崖を登り、岩場を駆け、薬草を求めて風を読む。
その足運びが、後の神速剣の基礎となる。
ミルカが記録を覗く。
「また盛ってる」
ガルドは言う。
「薬草は本当だ」
「そこじゃない」
「崖も本当だ」
「だから、そこじゃないのよ」
ロアンが言う。
「でも、ガルドが速いのは本当だよ」
ミルカはロアンを見た。
「また」
ロアンは口を閉じる。
ガルドは真面目に言った。
「速いかどうかは、相手が遅いかもしれない」
ミルカが首を振る。
「魔王が遅いわけないでしょ」
「なら、俺が速いのか」
「そうよ」
ガルドは少し考えた。
「そうか」
記録官はまた筆を動かした。
◆ 神速の剣聖
剣士たちや騎士たちは、ガルドの話に食いついた。
魔王に剣を届かせた。
ロアンを守り、魔王の防御をずらした。
断崖を上り、岩場を駆け、薬草を取っていた。
それはただの剣士ではない。
誰かが言う。
「神速」
別の者が言う。
「剣聖」
ガルドは首をかしげる。
「剣聖って何だ」
ミルカが答える。
「すごく強い剣士につける面倒な呼び名」
「じゃあ、師匠の方だな」
ロアンが言う。
「ガルドも十分強いよ」
「でも、俺はまだ教わることがある」
エナが微笑む。
「だから強いのかもしれません」
記録官が感心したように筆を動かす。
ミルカがそれに気づく。
「今のも書いたでしょ」
記録官は目をそらす。
「重要な言葉でしたので」
ガルドは真面目に言った。
「剣聖より、田舎道場の名前を書いてくれ」
記録官はうなずく。
「もちろんです」
「師匠の名前も」
「はい」
「薬草も」
ミルカが言う。
「薬草はもう十分書かれてると思う」
ガルドは首をかしげる。
「でも、薬草がないと師匠の腰が困る」
ロアンが笑ってしまう。
記録官は少し迷った末、薬草の話も残すことにした。
しかし後世では、道場名よりも、師匠の腰よりも、薬草よりも、神速の剣聖という呼び名の方がずっと広まる。
ガルド本人は、それを知らない。
知っていても、たぶん首をかしげるだけである。
※第38話「賢者、聖女、剣聖」は全八回です。
続きます。
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