(三)聖女ではありません
◆ エナの場合
次に調べられることになったのは、エナだった。
魔王戦で仲間を支えた神官。
危険を察知し、致命傷を避けさせた者。
魔王城で敵味方を問わず負傷者を見た者。
捕虜返還の場でも、魔族兵と人間を分けずに止血した者。
神官たちにとって、彼女は非常に扱いやすかった。
癒やし。
祈り。
慈悲。
予感。
神殿。
勇者の仲間。
これだけ揃えば、呼び名をつけるには十分すぎる。
中央神殿の神官が言う。
「エナ殿は、癒やしの聖女として記録されるべきです」
エナは目を丸くした。
「聖女ではありません」
「では、正式な位階は?」
「見習いです」
神官たちが黙る。
「見習い?」
「はい。地方の神殿の見習い神官です。中央には呼ばれていません」
その言葉は、神官たちにとって少し都合が悪そうだった。
魔王討伐に同行した重要人物が、中央神殿の高位神官ではなく、地方の見習いだった。
エナは続ける。
「私は、できることをしただけです。全部治せるわけでもありません。魔王戦でも、動けるようにするだけで精一杯でした」
記録官は書く。
見習い神官。
癒やし。
危険察知。
敵味方を問わず治療。
勇者を支える。
神官は、少し考えて言った。
「見習いでありながら聖女の徳を示した、と記せます」
エナは困る。
「そういう意味ではなくて……」
ミルカが小声で言う。
「逃げ道を塞がれてるわね」
ロアンが心配そうに言う。
「エナ、大丈夫?」
エナは少し困ったまま頷いた。
「大丈夫です。ただ、少しだけ、違います」
ガルドが言う。
「少しなのか」
エナは考える。
「かなり違うかもしれません」
ミルカが頷く。
「かなり違うわね」
神官はまだ諦めていない。
「聖女という呼称は、必ずしも中央神殿の位階だけを指すものではありません。多くの者を救った女性に贈られる名でもあります」
エナは首を横に振る。
「多くの人を救えたわけではありません。救えなかった人もいます」
部屋が静かになった。
エナは続ける。
「だから、聖女と呼ばれると、少し怖いです」
ロアンは何も言えなかった。
ミルカも、少しだけ目を伏せた。
それでも記録官は、静かに筆を置かなかった。
◆ 手の届く範囲
さらに問題になるのは、エナの危険察知だった。
魔王戦で、エナは何度も仲間を動かした。
下がらないで。
右へ半歩。
今じゃない、次。
止まらないで。
それは、ただの治癒術ではない。
記録官が問う。
「エナ殿は、未来を見ていたのですか」
エナは首を振った。
「見えていたわけではありません」
「では、なぜ分かったのです」
「悪い感じがするんです。胸が痛くなったり、そっちはだめだと思ったり」
神官が言う。
「神が危険を示されたのでは」
エナは困る。
「分かりません。でも、私はそんな大きなものを見ていたわけではありません」
「大きなもの?」
エナは、船で会ったあの人の言葉を思い出した。
未来は決まっているものではない。
いちばん起こりやすいものが、悪い予感として触れるだけ。
手の届く範囲なら変えられる。
けれど、届かないところまで見ようとすれば、人は壊れる。
だから、自分の周りだけを見なさい。
あの人は、自分が何者なのかを言わなかった。
けれどエナは、その言葉だけはずっと覚えていた。
エナは言う。
「手の届く範囲だけです。近くにいる人が危ないとか、今動いたらだめだとか。そのくらいです」
記録官は静かに聞いている。
エナは続けた。
「遠くの未来は見えません。見えたら、たぶん怖いです」
神官はその言葉に感銘を受けたようにうなずく。
「未来を見ながらも、謙虚に手の届く者だけを救った聖女……」
エナは慌てた。
「違います」
ミルカが言う。
「また変換された」
ロアンが言う。
「でも、エナがいなかったら死んでた」
ガルドもうなずく。
「何度も死んでたな」
エナは小さくなる。
「それは……よかったです」
ミルカがロアンとガルドを見る。
「そういうこと言うと盛られるって、さっき私で学ばなかった?」
ロアンは申し訳なさそうにする。
「ごめん」
ガルドは首をかしげる。
「本当のことだろ」
「本当のことが一番盛られやすいのよ」
「難しいな」
エナは小さく笑った。
しかし、その笑みは少しだけ不安そうだった。
※第38話「賢者、聖女、剣聖」は全八回です。
続きます。
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