(二)普通の火の魔法
◆ 普通の火の魔法
記録官が、改めて問う。
「魔王の術式を破った魔法についてですが」
ミルカは嫌そうに眉を寄せた。
「破ったというか、焼いただけです」
「焼いた?」
「はい。火の魔法です」
記録官は筆を止める。
「火の魔法」
「普通の」
「普通の火の魔法で、魔王の大規模術式を破壊したのですか」
ミルカは首を横に振る。
「破壊してません。接合点を少し焼いて、流れをずらしただけです」
「それは、対魔王術式として編み出された独自魔法では?」
「違います。普通の火の魔法です」
「しかし、火球や炎壁ではなかったと記録にあります」
「そんな大きくしたら無駄です。要だけ焼けばいいので」
記録官は目を輝かせた。
「つまり、魔王の術式構造を見抜き、炎を一点に収束させることで、破壊ではなく制御を乱す……」
「普通の火の魔法です」
「灰の賢者ミルカ独自の、対魔王特化収束火術……」
「普通の火の魔法です」
「ですが、普通の魔法ではそれほどの精度は」
ロアンが横から言った。
「でも、普通の火の魔法であれができるのはミルカだけだと思う」
ミルカはロアンを見る。
「そういうこと言うから盛られるのよ」
ロアンは少し困る。
「ごめん」
「褒めるなら後で。記録官の前ではだめ」
「褒めるのもだめなのか」
「場所を選んで」
ガルドが言う。
「俺は、魔法が細かったのは見えた」
記録官がすぐに顔を上げる。
「細かった?」
ミルカがガルドを見る。
「ガルド」
「だめだったか」
「今のも盛られる」
記録官は書いている。
エナが小さく言う。
「でも、細かったのは本当です」
ミルカは天井を見上げた。
「味方が全員、敵のように筆を進めてくる」
ロアンは慌てて言う。
「敵じゃないよ」
「分かってる。だから余計に止めにくいのよ」
◆ 灰の賢者
ミルカは改めて説明した。
自分の魔法は、神秘的な秘術ではない。
師匠から教わった基礎を、何度も何度も練習しただけ。
魔力を広げない。
逃がさない。
必要なところへ細く通す。
大きな魔法を撃つのではなく、要を見つけてずらす。
火球として放つのではなく、接合点を焼く。
それだけだ。
記録官が言う。
「しかし、魔王城の結界を抜き、魔王の術式を乱したのですよね」
「乱したというか、ほんの少しずらしただけです」
「それができる者は、ほとんどいません」
「だからって賢者は大げさです」
「では、灰の賢者という呼称は」
「今作ったでしょ」
記録官は少し目を逸らした。
ロアンが言う。
「ミルカはすごいよ」
ミルカはロアンを見る。
「それはいいの」
「いいんだ」
「ロアンが言う分にはいい。でも記録にされると面倒なの」
「難しい」
「簡単よ。私のことを褒める時は、紙のないところで言って」
ガルドが真面目に言う。
「紙がなければいいのか」
「だいたい」
「では、地面に書くのは?」
「そういう話じゃない」
エナが小さく笑う。
記録官は、また筆を動かしている。
ミルカがその音に反応する。
「今のも書いてないでしょうね」
「いえ、灰の賢者という呼称についてのご本人の反応を」
「本人は拒否しています」
「真の賢者ほど、自分を賢者とは呼ばないとも」
ミルカは深く息を吐いた。
「ロアンの否定が美談に変換されたのと同じことが起きてる」
ロアンが申し訳なさそうに言う。
「ごめん」
「ロアンのせいじゃないわよ。たぶん、こういうものなんでしょうね」
エナが言う。
「でも、ミルカさんは嫌なんですよね」
「嫌。賢者は師匠の方。私は魔法使い」
ガルドが頷く。
「では、魔法使いミルカでいい」
ミルカは少しだけ笑った。
「ガルドの方が記録官より分かってる」
記録官は慌てて言う。
「もちろん、魔法使いであったことも記録します」
ミルカは鋭く返す。
「も、じゃなくて」
ロアンが小声で言う。
「このやり取り、前にもあった気がする」
「何回でもあるわよ」
※第38話「賢者、聖女、剣聖」は全八回です。
続きます。
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