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勇者の条件  作者: KEI
第37話 聖剣、神託、聖痕

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(四)否定が美談になる

◆ 否定が美談になる


ロアンは、できるだけ訂正しようとした。


剣は聖剣ではない。


神託は神託ではない。


傷は聖痕ではない。


しかし、訂正すればするほど、周囲は別の形で解釈する。


「勇者は謙虚である」


「真の勇者ほど、自ら聖なる証を語らない」


「聖剣をもらいものと呼ぶ慎ましさ」


「神託を物語と呼ぶ素朴さ」


「聖痕をただの傷と呼ぶ無欲さ」


ロアンは本気で困った。


「違うって言ってるのに」


ミルカが言う。


「否定が美談に変換されてるわね」


「どうしたらいい?」


「たぶん、もう無理」


「早くない?」


「早いけど、流れが速い」


エナが小さく言う。


「悪気がある人ばかりではないんです」


ロアンは頷く。


それがさらに困る。


誰もロアンを騙そうとしているわけではない。


多くの人は、魔王討伐という出来事を理解したいだけだ。


意味を見つけたいだけだ。


勇者の物語として覚えたいだけだ。


だが、その結果、ロアンの知っている事実から少しずつ離れていく。


ロアンは言う。


「事実だけを書けばいいと思うんだけど」


ミルカが答える。


「人は事実だけだと落ち着かないのよ」


「どうして」


「魔王を倒した人の剣が、普通のもらいものだと困る人がいるから」


「いい剣だよ」


「それは分かる。でも、普通のいい剣では足りない人がいる」


ガルドが言う。


「足りないなら、鍛えればいい」


ミルカが少し笑う。


「物語の方を鍛え始めたのよ」


ロアンは嫌そうな顔をした。


「鍛えないでほしい」


エナが古い物語の本を撫でる。


「でも、全部が消えるよりは、本当のことも一緒に残せたら……」


ロアンは頷いた。


「うん。せめて、最初の記録には本当のことを書いてほしい」


ミルカが言う。


「直せるうちは、直しましょう。全部は無理でも」


◆ 三つの意味


記録官が、仮の記録を読み上げた。


「灰の勇者ロアンは、神官の祈りと鍛冶師の火によって鍛えられた剣を携えた」


ロアンがすぐに言う。


「礼として打ってくれた剣です」


記録官は筆を入れる。


「田舎神殿に秘された精霊の神託に導かれた」


エナが言う。


「秘されていません。古い物語です」


記録官はまた筆を入れる。


「幼き日に魔の火を受け、灰の聖痕を身に刻まれていた」


ロアンが言う。


「スライムの火傷です」


記録官は筆を止めた。


ミルカが腕を組む。


「だいぶ違います」


「だいぶどころじゃないわね」


エナが小さく言う。


「でも、完全な嘘でもないところが難しいです」


ガルドが言う。


「剣はあった。話もあった。傷もあった」


ロアンは言う。


「でも、意味が違う」


ミルカが頷く。


「そう。ものはある。意味が変わってる」


部屋の中が、少し静かになった。


聖剣、神託、聖痕。


どれも、完全な作り話ではない。


元になるものはあった。


剣はあった。


物語はあった。


傷はあった。


だが、それらは勇者になるための条件ではなかった。


勇者と呼ばれた後に、世界が意味を変え始めた。


ロアンは記録官を見る。


「せめて、最初の記録には本当のことを書いてください」


記録官はうなずく。


「可能な限り」


ミルカが睨む。


「可能な限りじゃなくて、書いて」


記録官は慌ててうなずく。


エナが言う。


「物語を書き残すなら、田舎神殿にあったことも書いてください」


ガルドが言う。


「スライムも書け」


ロアンはガルドを見る。


「そこは書かなくても……」


ガルドは真面目に言う。


「書かないから変になるんだろ」


ミルカが少し笑った。


「正論ね」


ロアンは困ったように笑う。


たしかにそうかもしれない。


恥ずかしくても、格好悪くても、書かなければ別の話になる。


だからロアンは言った。


「じゃあ、スライムも書いてください」


記録官は、少し戸惑いながらも筆を取った。


その一文が、どこまで残るかは分からない。


だが、少なくともこの時、ロアンたちは本当の話を残そうとした。



※第37話「聖剣、神託、聖痕」は全五回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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