(二)我らを殺してきたのは国ではない
◆ 歴代魔王の戦略は正しかった
魔王は、卓上に置かれていた黒い駒を一つ取った。
それを魔王城の周囲に置く。
「第七魔王は、魔王城を固めた」
次に、王国の国境へ駒を置く。
「第八魔王は、王国の騎士団を国境に釘付けにした」
聖都へ向かう街道に、黒い線を引く。
「第九魔王は、聖都への街道を断った」
南の海に、深海拠点を示す駒を置く。
「第十魔王は、南の大陸への海路を封じた」
魔王は、ゆっくりと言った。
「いずれも軍事的には正しい」
死霊宰相がうなずく。
「はい。魔王城周辺の防衛、強国への牽制、主要街道の遮断、聖都への圧力。対国家戦略としては妥当です」
吸血侯が口を開く。
細身の魔族だった。青白い顔に薄い笑みを浮かべ、人間の宮廷に紛れ込んでも違和感のない服装をしている。
「人間側の軍は、毎回大きく損耗しています。勇者の時代などと人間は呼びますが、実際には各国も限界まで兵を出している。勇者だけで戦争を終わらせたわけではありません」
「分かっている」
魔王は、地図の上に残った小さな白い駒を指で押さえた。
「軍は道を開く。神殿は結界を張る。王は兵を出す。だが、最後に玉座まで来るのは軍ではない」
間があった。
魔王は言った。
「勇者だ」
死霊宰相が、古い羊皮紙を広げる。
端は焼け、文字の一部は失われていた。
「深海拠点では、沿岸国の艦隊が動いています。深森拠点では、辺境領主の兵。火山拠点では、鉱山都市の民兵。天空要塞では、山岳部隊。いずれも人間側の軍が関与しています」
竜将が腕を組む。
「ならば、勇者一行は各国の軍に匹敵する戦力だったということですか」
吸血侯が軽く笑う。
「人間どもの記録を信じるならば、そうなります。深海の司令官を討ち、深森の中枢を破り、火山の防衛線を越え、天空要塞の主を倒した。どれも、通常の軍では容易に成し得ぬことです」
「人間の記録など、飾りが多い」
竜将が吐き捨てる。
魔王はうなずいた。
「飾りはあるだろう」
そして、白い駒を指先で弾く。
「だが、魔王を討ったという事実は残る」
誰も反論しなかった。
死霊宰相が静かに続ける。
「各国軍の損耗は記録されています。ですが、拠点攻略の決定打はいずれも勇者一行とされています」
竜将が低く唸る。
「異常な少数戦力、ということか」
「そうだ」
魔王は古い戦記を閉じた。
「記録が正しければ、勇者一行は軍に匹敵する。記録が誇張であったとしても、魔王を討った事実は残る。どちらにせよ、共通項は変わらぬ」
死霊宰相が問う。
「勇者、ですか」
「そうだ」
魔王は、白い駒を玉座の位置まで進める。
「人間の軍がいかに損耗しようと、各国の思惑がいかに食い違おうと、最後には勇者が魔王城へ届く。ならば、我らが見るべきものは軍だけではない」
竜将が不満げに言う。
「それでも、勇者とて人間でしょう。斬れば死ぬ。焼けば灰になる」
「当然だ」
「ならば、現れてから殺せばよいのでは」
魔王は静かに言った。
「現れてから殺すから、歴代魔王は死んだ」
会議室の空気が変わった。
記録官の筆が止まる。
竜将が口を閉じる。
魔王は、声を荒げない。怒りもしない。だが、その言葉には、戦場の咆哮よりも重いものがあった。
竜将は少しの沈黙の後、なおも言った。
「では、過去の四天王が無能だっただけではありませんか。拠点を任されながら、勇者の侵入を許した」
魔王は首を横に振った。
「無能と切り捨てれば、我らは何も学べぬ」
「しかし敗北は敗北です」
「敗北した者を殺しても、敗因は死なぬ」
竜将が黙った。
死霊宰相も、吸血侯も、記録官も、何も言わない。
魔王は続けた。
「重要なのは、なぜ負けたかだ。そして、なぜ同じ負け方を繰り返したかだ」
死霊宰相が、小さくつぶやく。
「同じ負け方……」
「城を固めても、勇者は来た。国境を塞いでも、勇者は来た。聖都を脅しても、勇者は来た。強国を牽制しても、勇者は来た」
魔王は、地図上の王国、聖都、街道、拠点の駒を一つずつどけていく。
最後に、玉座へ向かう小さな白い駒だけが残った。
「我らは国を見ていた。だが、我らを殺してきたのは国ではない」
魔王は白い駒を指先で倒した。
「勇者だ」
※第1話「敗因は勇者にある」は全三回です。
続きます。
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